正反対カップル度★★★★ ラブ・サバイバル度★★★★★ 敵か味方か脇役ハンサム度★★★★
世界最強を誇るアメリカ軍の中でも精鋭揃いと言われる海兵隊。ロマンスの一ジャンルとして“軍事もの”がありますが、海外作戦を主とするため「殴り込み部隊」の異名を持つ海兵隊は、ロマンス者の中でも人気職。鋼の肉体、優れた頭脳、最前線で戦えるサバイバル技術。男の中の男だぜ!
そんなわけで、今回のヒーローは、サダム・フセイン捕獲作戦にも参加した歴戦の勇者、ジャック・ウィルソン大尉。ジャックは、山深い国立公園で生態系を破壊する増えすぎた鹿を狩るために、海兵隊の部下3人と共に山に分け入ります。お互いを撃たないよう、ひとりひとり距離をとって狩りをしていると、スーツ姿のまま猛スピード駆け降りてくる女を発見。続けて彼女を銃で狙い追いかける黒づくめの男たちを目撃します。ひとまず女を自分たちが乗ってきたトラックに保護し、他の海兵隊員たちの様子を見に外に出ると、そこには部下たちの変わり果てた姿と、ジャックをも攻撃してくる黒づくめの男たちが。憤激に燃えるジャックは、黒づくめの男を一人仕留め、女から事情を訊くためトラックに戻ります。ところがトラックはもぬけのから。近くに落ちていたIDカードには、彼女の写真とともに、「シドニー・A・ヘイル博士」と名前が記されていました。博士がなぜなにもないはずの山中で謎の男たちに追われていたのか。仲間を殺した者たちへの復讐を誓い、警察と山林管理官に報告をしようとしたジャックは、そこで国家安全保障局の存在を目にします。白昼の殺人劇を、ジャックたちの狩猟中の事故で済ませようとする意図を察したジャックは、素早くその場を離脱し、真相を突き止める孤高の闘いに身を投じるのです。
真相への鍵を握る女――シドニー・A・ヘイル博士は、生化学分野の天才と謳われ、学生時代は注目を集めていましたが、数年前から消息を絶っていました。その頭脳を買われ、アメリカ国内でも最高機密のひとつである、国立公園地下600メートルの秘密研究所で、密かに対サリンガス兵器の研究をしていたためです。襲撃の日、たまたま気分転換に外の空気を吸いに研究所から地上に出ていたシドニーは、兵器の完成情報と共に命からがら難を逃れ、ジャックに救われたあとは、機密保持の規定に従い、国家安全保障局に連絡して、その保護下に入っていたのでした。しかし、保障局のシスコ捜査官らは、襲撃者たちが何者か、何が起こったのかもなかなか特定できず、唯一の生き残りであるシドニーを襲撃者の一味なのではないかと疑い始めます。保護という名の厳しい監視の下、命を狙われる恐怖に耐えるシドニーをさらって外に連れ出したのは、証言者として彼女を探していたジャックでした。
シドニーのせいで部下が死んだのではないか、そう考えていたジャックは、始め彼女に敵対心に近いものを抱いています。反対に彼女のほうでも、自分をさらった男ですから当然警戒心を抱き、なんとか出しぬけないかと機会をうかがっています。しかもそれぞれ国家に対して職業上の秘密を守ると宣誓した身。プロフェッショナル同士であるがゆえに、お互いの秘密を預けきれず、次第に魅かれあい、信頼を寄せながらも、なかなか最後の壁を取り払うことができません。そんな二人を、繰り返し謎の男たちが襲い、さらにシスコら国家安全保障局の捜査員が追い詰めます。本当にギリギリの状況で、二人が真実に手を組んだとき、恐るべき敵の計画が露わになるのです。
ジャックは、ネイティブ・インディアンの血を伺わせるワイルド・ハンサムで、並以上の頭脳があり、気は優しくて力持ちという、敵にしなければ理想的な男。対するシドニーは、赤みがかったブラウンの髪の美女で、抜群のスタイルを研究着の下に隠した、国家を代表する超頭脳派。二人の人を食ったような丁々発止のやり取りは、サスペンスフルな展開に、ちょっとしたユーモアのスパイスをまぶします。
<「俺は誘拐者で、君は誘拐された人質だ」とジャック。「君が話せ」彼女が腕を組んだ。ほれぼれするほど反抗的だ。勝ち目はないのに、頑張っている。「俺は卑劣にもなれるんだぞ、ヘイル博士」
「あら、私なんか月経前症候群(PMS)よ。これに勝てる武器なんてないわよ」>
<彼が何食わぬ顔で言った。「泣き言を言っても始まらないからな」それでも、手を伸ばしてきて、彼女の手をしっかり握った。
シドニーは赤面した。「ごもっともね。もう連邦法を五つくらい破っているんだし、もう一つ増えたからってどうってことないわ」
「そう来なくっちゃ。ただし、捕まったらムショ行きになるぞ」
「それじゃ捕まらないで。だって囚人用のジャンプスーツって太って見えるんですもの」>
ジャックは政府から殺しのライセンスを与えられた海兵隊エリートで、何もかも一人で判断する癖があり、その反面、深い孤独を抱えています。そして、研究所唯一の生き残りであるシドニーも同じ孤独を抱えていました。
<シドニーは新しいタイプのトラブルだった。今も俺が戦地に長くい過ぎたことを証明してくれた。戦地で自分の何かを失ってしまったことを。それを取り戻したい。ジャックは思った。>
<シドニーはにわかにベットから跳び下りると、足を引きずって彼を追った。【…】私も彼と同じように一人ぼっちで喪失感を味わっている。彼に触れよう、こちらを向かせようと思ったが、ただ彼の腰に腕を回して、その背中に頭をもたせた。>
こうして、マッチョと学者が寄り添っていく醍醐味というのが、本作の見どころなんですけど、実はサスペンスとしての出来もかなりいいんですね。
それに一役買っているのが、敵か味方か、国家安全保障局の捜査官シスコの存在。端正な美貌の持ち主ですが、任務に忠実なゆえか、周囲やシドニーたちからは冷血漢と忌み嫌われます。まさにその姿はクールビューティにふさわしく、彼がいることで展開に厚みが加わり、さらに華まで添えられるという……。敵か味方かは、ご自分で読まれてたしかめてください。
著者の、エイミー・J・フェッツァーは、父、夫、息子がすべて海兵隊員という、海兵隊家族に恵まれ、その経験を活かして、本作をはじめたくさんのロマンス小説を世に出してきた作家。邦訳はランダムハウス講談社文庫からは本作と『ドラゴンの恋人』という特殊工作員同士のロマンティック・サスペンスが、その他ハーレクインのシルエット・シリーズや、漫画化作品などもあります。ちなみに本作は、コロラド・ロマンス作家賞のエクセレンス・イン・ロマンティック・サスペンス賞と、ロマンス作家協会オレンジ郡支部が主催するザ・ブック・バイヤーズ・ベスト・アワードに輝きました。それだけ評価された作品ですし、私としては、将来的にシスコが主役の話が出るんじゃないかと睨んでいるんですが、まだ本国アメリカでは出ていない模様。妄想が広がるばかりです。