ゴシック・ロマンス度★★★★ 作中作も充実★★★ 謎が謎を呼ぶ度★★★★★
1879年イングランド。キャシーは、幼馴染の従姉メアリーが、波にさらわれる夢をみる。キャシーには、夢でひとの災いを予見する能力があった。不安に苛まれる彼女に、伯母からメアリーが海で亡くなったとの報せが。メアリーは、城主に縁のある盲目の少女の家庭教師として、ダートムアズ・エンドのキルダレン城に勤めていた。遺体は海に飲み込まれて見つからず、伯母が娘の最後の様子を聞こうと城主に会おうとしても全く取り次いでくれないという。もしや事件性があるのでは? キャシーは伯母が滞在する問題の城の麓の村を訪ね、そこでキルダレン城の城主は呪われており、8年前にも女性を殺した疑いがあるとの噂を聞きこむ。地元の憲兵隊長に再調査を求めても無視され、キャシーは妙案を思いつく。メイドとして城に潜入し、メアリーの事件を調べるのだ。幸い考古学者の父親は母親を連れて発掘旅行中で、城では下級メイドを募集している。キャシーは、スキャンダルに巻き込まれた教区牧師の娘と偽り、城付きの下級メイドとして採用された。
キルダレン城の様子はたしかにおかしかった。贅を尽くした豪華な造りにもかかわらず、客の訪れもなく、城内は静寂に包まれている。同僚のメイド・ブリジットは、3年勤めていても、城主ショーン・キルダレンの姿を見たことがないという。ショーンの肖像を見たキャシーは、黒髪緑眼の素晴らしい美男ぶりと、その苦悩に満ちた様子に心奪われた。ショーンは日中は眠り、夜中に起きて活動しており、実はバンパイアだとも囁かれていた。メイドの仕事を始めたキャシーは夜中、人々の寝静まったころを見計らい、密かにメアリーの事件の調査を始める。だが、城をさまよう彼女を後ろから抱きすくめる者がいた。厚い胸板とエキゾチックな香り、わずかにアイルランド訛りのある美しい発音――ショーン・キルダレンだった。「さて、僕のバラは何を盗んだのか、見せてもらおうかな」熱い吐息を吹きかけながら、キャシーを盗人と勘違いしてそっと身体をさぐるショーンに、キャシーは図書室で本が読みたかっただけだ、となんとかその場をごまかして逃げ出した。実際に見て触れたショーンは、肖像画よりもさらに魅力的だった。その魅力で女性たちを虜にしたバンパイアのように。去り際にショーンがこうささやくのが聞こえた。「またいつか、ここで会おう」
次第に明かされていく、キルダレン一族にかけられた呪い。ショーンが闇にまぎれて生活する理由。メアリーの死に遭遇したという盲目の少女レベッカは、なぜ怯えているのか。異常な厳しさを見せる召使い頭のフライ夫人。フライ夫人の障害を持つ息子が叫んだ「メアリー、事故じゃない」という言葉。8年前の殺人事件の謎。メアリーと、8年前に殺された女性、そしてキャシーが、金髪碧眼だという奇妙な符牒。さまざまな疑問がキャシーのなかで渦巻き、同時にメアリー殺害の有力候補であるショーンに惹かれるのを止められず、アンビバレンツな思いにキャシーは引き裂かれます。
<彼が私に来てほしいと言ってきたのなら、行かずにいることなどできそうにない。しかし行ってしまえば、今まで正しいと信じてきたものすべてを捨て去ることになる>
<取り澄まして礼儀正しいドレスを脱ぎ捨て、粗く縫い上げたメイドの服を身にまとったことで、私の中で多くのことが解き放たれた。そんなものが自分に備わっていることすら知らなかった。私の中の隠微な部分が、彼の棟に勝手に入り込みキスの先はどうなるのか確かめたがっていた>
『ジェーン・エア』の世界を髣髴とさせるようなゴシックの世界で、怪しい魅力の呪われた城主と恋に落ちるメイド。このシチュエーションだけでも、お茶碗3杯はイケそうですが、本書はほかにも読みどころが満載です。ゴシックな雰囲気を盛り上げる要素の一つとして、お城の図書室からキャシーが持ち出し『名高きバンパイアとその愛人たち』のエピソードが途中何度か挿入されます。バンパイアにその身を捧げる乙女や、有名な女王とのエピソードなどは、歴史秘話としても楽しいものです。
また、さまざまな謎が交錯するサスペンスとしての味わいも十分。ただし、この謎は、すべてがこの本で解かれるわけではありません。もちろん、本書だけでもある程度は解決しますが、続編があるのです。<キルダレン>シリーズ第2作『竜ひそむ入り江の秘密』は、キャシーの妹アンドロメダと、ショーンの双子の兄で子爵のアレックスの物語。キャシーは夢見の能力でしたが、アンドロメダは人に触るとその人の考えの読める、読心能力を持ち、そのことに深く悩んでいます。こちらは、2002年にアメリカ・ロマンス作家協会のゴールデン・ハート賞を受賞しており、引き続きキャシーとショーンも登場しますので、ぜひ併せてお手に取ってみてください。