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親鸞 上・下

人はすべて悪人

五木寛之
講談社歴史・時代小説] 国内
2009.12  版型:B6
親鸞 上
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親鸞 下
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レビュワー/堀和世

違う、バカはこの私だ。階段で体をぶつけ合うというくだらない行為をするために、私は「怒り」の力を借りなければいけない。怒りは強力なカンフル剤だが、その分副作用も強い。一度わき上がった怒りは簡単には代謝されず、この身を駆け巡る。袖振り合うならぬ、一瞬体をぶつけ合った顔も知らない相手のことを思って、何十分も「よけるべきはあいつのほうだろう」とののしり続ける。このゆがんだ感情が、私の心と体を蝕まないはずはない。だから今では、階段を上るときははなから(そこが上り専用レーンであったとしても)下りてくる人を見定め、接触しないコース取りをする。

「君子危うきに近寄らず」とはこのことだ、と私は一人合点する。辞書を引くと〈人格者は、身を慎み守って、危険なことには初めから近寄らない〉(集英社『国語辞典』から)とある。無論私は人格者ではない。だから、私にとって「危険なこと」は私自身の中に存在する。私は私の中にある怒りの源を揺り起こさないように、身を慎み守らなければならないということだ。

結局、私の外見は、傍若無人に振る舞う輩を、ただ恐れて縮こまっている臆病者と変わらなくなる。人格者ではないにしろ、そんなバカを放っておいていいのか、という思いはある。上る人のための階段を下りてくる身勝手を許すことにならないか。今どきのはやり言葉でいえば「誤ったメッセージ」を発信することにならないか、と案ずるのである。

私の怒りは無意味ではないと思う。決まりを守らない者に対する怒りは、社会全体の利益に沿っているはずだとも思う。何らかの不正義に向かい合ったとき、怒りを感じるのはむしろ望ましいことではないのか。フランス革命を成し遂げた者、アメリカの独立戦争を戦った者、戦前の日本で地下に潜って戦争反対を訴えていた者は、不正義に対する激しい怒りに燃えていたのではなかったか(フランス革命とおまえの取るに足らない日常と比べるな、と大いに嗤ってもらって結構だ)。

そういう怒りを、独りよがりの八つ当たりと区別するのは「正義」である。私憤と義憤の違いと言ってもいい。電車の座席を2人分占領して座っているバカがいる。そういうとき、私はバカの隣に強引に尻をねじ込む。もちろん、内心怒っている。その怒りを担保しているのは正義である。しかし、はたから眺めると、そのとき私の両の鼻の穴は、得意げに膨らんでいることだろう。

要するに、私は自分を誇っているのだ。臆病者になりたくない。見て見ぬふりをする私自身の弱さを認めたくないのだ。だから、怒りのエネルギーに頼り、善を施したつもりになっている。別に怒ることはないのだ。怒りながらすることの多くは、怒らなくてもできるし、むしろそのほうがうまくいく。

つまるところ、正義に名を借りた私憤なのである。身勝手さにおいては、私と座席を2人分占領して座っているバカと変わるところがない。私は偽善をなしている。正義を求めて、私はどんどんバカになる。厳しく峻別しようとすればするほど、私の目の前で善と悪、正義と不正義はそれぞれの境をあいまいにし、溶けてしまうのである。

生身の人間・親鸞の成長の物語

さて、相変わらずだらだらと書いてしまったが、この「善と悪」というところから今回紹介する長編小説『親鸞』の中身に入っていこうとする私のスケベ根性は、容易に分かっていただけるだろう。親鸞といえば「善人なおもつて往生をとぐ、いはんや悪人をや」と『歎異抄』にある「悪人正機説」が有名だ。とはいえ、大方の人は(私も含め)古文や日本史の授業で習ったきりの「善人でさえ死んだら極楽に行けるのだから、悪人が極楽に行けないはずはない」という一風変わった逆説、という程度の理解だろう。改めて「なぜ悪いヤツのほうがいい人よりも、あの世で優遇されるのか。不公平ではないか」と問われれば、なかなか答えられるものではない。

確か昔の授業では「善人、悪人というのは、今でいう『いい人、悪いヤツ』ではなく、仏に対する信心が厚い人、そうでない人という意味である」と教わったように思い出す。そのときは「ふ~ん」と子どもながらに分別顔を装ったが、思えばあのときから私は「宗教なるもの」を自分の外側に置いたのだ。テストのときだけ、答案に「悪人正機説」と書ければそれでいい。善と悪ということさえ、宗教にかかると言葉の意味からして違うというのでは、分かれと言うほうが無理である。

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