円城塔といえば、BookJapanでも三浦天沙子さんが評すように「わからないけれど面白い」作家である。それはデビュー作『Self-Reference ENGINE』以降、一貫しており、今に至るも読者を翻弄し続けている。おまけに、インタビューや講演会で作品のことについて詳しく話を聞こうとしても、「これを小説にしたんです」と、幾何学的な立体を差し出されてしまうのだ。これでは「?」が頭の上で踊っても無理はない。
しかし、「わからない」だけでは多くの読者の心を掴むことはできなかったはずだ。実は円城塔は、何が起きているのかよくわからない構成やストーリー展開の中に、絶妙なエモーションを吹き込むことが卑怯なほど上手い。特に、とぼけた味わいや切なさはお手の物である。このスキルのために、円城塔の作品は「わけがわからない」小説としては異例なほど、読者に対する訴求力を持つようになった。また「わけがわからない」と言っても、数理系のネタをこねくり回してのことが多く、元ネタがわかる人にはどうやらわかるらしい、というギリギリのところで踏みとどまる。これによって独りよがりとの批判を巧妙に回避しているわけで、実に策士だ。
『後藤さんのこと』は、以上のことを如実に示す短篇集で、面白いことに、彼の(現時点での)作風のパターンが一通り示されている。
まず、帯である。この帯には、円城塔自身の手による短篇が掲載されている。叢書「想像力の文学」の特色である幅広の帯が40分割され、各マスに、「本」に関する、わかったようなわからないようなことを書き連ねているのだ。視覚的にもインパクトがあるうえに、基本的にとぼけた口調で語りつつも、中には真面目モードで硬い表情を見せるマスを紛れ込ませて、読む者を飽きさせない。語り口の硬軟を頻繁にギアチェンジすることや、視覚に訴えることは、円城塔がよく使う手だ。
中の収録作品も、各々、円城塔の得意技が存分に発揮されている。
まず、トンデモ系ホラ話として読める「後藤さんのこと」および「The History of the Decline and Fall of the Galantic Empire」を推そう。前者では後藤さんが、後者では銀河帝国が、普通そんなことはされないだろ、という扱いを受けていて、読者を笑わせる。
「後藤さんのこと」で、後藤さんは分割されたり喧嘩したり流行したり数理的に考察されたりする。後藤さんは自然人としては扱われず、ただの事物、ひどい場合は単なる概念として扱われ、実にシュールな情景が連続する。文章は硬めで、この硬さが「真面目な顔で悪ふざけやってる」感を強めていて余計に笑える。
「The History of the Decline and Fall of the Galantic Empire」の方は、小説というよりは銀河帝国にまつわる小ネタ集といった塩梅のもので、「銀河帝国の誇るメニューはソフト麺である。出汁派によるカレー派の粛清が滅亡を促進したとの見解がある」など、一行か二行で済んでしまう文章が100個並べられている。個別には大したことはないのだが、100個も並ぶと壮観である。こういうネタなら、円城塔は恐らくいくらでも思い付けるのだろう。彼の奇特な感性を存分に満喫していただきたい。
「考速」は、思考の速度というSFめいたネタを用いつつ、詩のような言葉遊びを、数理用語を使いつつ縦横無尽に説明する話である。言葉そのもので遊ぶというのは円城塔が確かに持っている特徴の一つで、これまたなかなか面白く読めるだろう。
「墓標天球」は立体SF+時間SF、かつボーイミーツガールという作品である。甘酸っぱい情感の醸出はさすが円城塔、実に見事なものだ。この作品で特筆すべきは、持ち出される立体が単なる立方体およびその展開図であるということ。いつもはもっとややこしい形の立体を持ち出すので、「墓標天球」は異例なぐらいわかりやすい部類に入る。これなら私でも理解しやすい。
本書で手強いのは、「さかしま」と「ガベージコレクション」の二作である。いずれも単語レベルからして非常に難しく、一読しても何が起きているか(特に数理系に明るくない人間にとっては)わかりづらい。どうやらいずれも情報処理に関した、宇宙的なスケールの話をしているようなのだが……。なお、この二作品だと「さかしま」の方が楽しむ糸口はつかめる。この作品は政府機関が作ったマニュアルという体裁をとっているが、このマニュアルの口調が読み手を馬鹿にしているとしか思えないフリーダムなもので、作品世界の設定が全くわからなくても、とりあえず細部の表現に笑うことはできる。ベストな楽しみ方ではないが、まあ「どうやっても楽しめない」よりは遥かにマシというものだ。
この二作品が表徴するのは、「わからない」円城塔そのものである。ハードSFならぬハード小説といったところだが、「恐らくちゃんとした設定やアイデアが裏にあるから、それを読み取って楽しむのが正解」と思わせるバランス感覚は、相変わらず憎たらしいぐらいに巧妙だ。
というわけで、『後藤さんのこと』は、円城塔の実力が遺憾なく発揮された好短篇集である。作家性を示す好適なサンプルでもあります。採点は「わからない」二作品を除いたところでおこなわせてもらいます。☆☆☆☆。
とてもおすすめ | ☆☆☆☆☆ |
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おすすめ | ☆☆☆☆ |
まあまあ | ☆☆☆ |
あまりおすすめできない | ☆☆ |
これは困った | ☆ |
円城塔『烏有此譚』の書評も収めていますので、ぜひお楽しみください。
レビュワー/三浦天紗子 書評を読む