人間は理解できないモノに恐れを抱く。容易に納得できる概念ではなく、自分には持ち得ないイメージが示される時、そこには恐怖の種が生じている。したがって奇異なセンスはホラーと相性が良いはずだ。多分に読者を選ぶ面はあるものの、矢部嵩の小説にはそんなことを思わせるパワーが宿っている。この才能が紡ぎ出す文章とビジョンには、誰にも真似のできない珍味が染み込んでいるのだ。
矢部嵩は一九八六年東京生まれ。二〇〇六年に『紗央里ちゃんの家』で第十三回角川ホラー小説大賞(長編賞)を射止めた新鋭である。祖母が亡くなったという話を聞き、父とともに叔母の家を訪れた小学五年生の「僕」は、洗面所の床に指の欠片らしきものを発見する。家の捜索を開始した「僕」は、次々に“別のモノ”を探し当てる——という『紗央里ちゃんの家』は、淡々とした文体でグロテスクな光景を描く(良くも悪くも)印象的な物語だった。そんな著者の初短篇集が『保健室登校』である。
本書には「二〇〇八年四月から二〇〇九年六月頃」に書かれた五篇が収められている。いずれも学校で演じられる凄惨なシーンを——日常茶飯事のように——冷ややかにスケッチした作品だが、その異様さはまさしく特筆に値する。「クラス旅行」の衝撃的なラストシーン、「血まみれ運動会」のバタバタと死んでいく生徒たち、「期末試験」における教師の最期、「平日」のクールな幕切れ、「殺人合唱コン(練習)」のキッチュな練習といった“不快な場面”のビジュアルは、静かな狂気を湛えた語り口も相まって、読む者の脳裏にべったりと貼り付くに違いない。
これは“万人にお薦め”タイプの本ではない。生理的に合わない人も多いだろう。しかし特異性が強いからこそ、波長の合う読者にはレアな宝石にもなり得る。点数式の評価は極めて難しいので、ここは中を取って☆☆☆としておこう。
とてもおすすめ | ☆☆☆☆☆ |
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おすすめ | ☆☆☆☆ |
まあまあ | ☆☆☆ |
あまりおすすめできない | ☆☆ |
これは困った | ☆ |