真っ白な病室で目覚めた「オレ」は、自分が薬物依存症に陥ったギタリストの「ルビー」であることを思い出した。逃走を図った「オレ」は研究者らしき女に出逢い、現在は二〇〇八年だと知って愕然とする。「オレ」には一九八八年以降の記憶が無かったのだ。いっぽうその建物——アイダ・サナトリウムの外では、ルビーの訃報を受け取った昔のバンド仲間たちが、真相を探るために潜入を試みていた。彼らがそこで目にした驚くべき実験とは?
デビュー作『中空』をはじめとする〈観察者〉シリーズ、特定の街を舞台にした〈綾鹿市〉シリーズ、多彩なノンシリーズもの——鳥飼否宇の小説はこの三つに大別できるが、著者の特異性は“二つめ”に最も強く表れている。二〇〇三年刊の『本格的』で幕を開けた〈綾鹿市〉シリーズは、奇想や逆説に満ちた謎解きを軸に据えながらも、往々にして超現実性、ナンセンス、下品などに彩られた怪作揃いなのである。
その第七作(あるいは番外篇)にあたる『このどしゃぶりに日向小町は』でも、著者の“何でもあり”精神は存分に発揮されている。胡乱な実験施設で演じられる救出劇は、激しい暴力や性衝動、マッドサイエンティストの発明などが入り乱れることで、B級SFめいたダイナミックな展開を見せていく。こんなプロットも許容するのが鳥飼ミステリーの懐の深さなのである。手書き文字を使った趣向、脳に障害を負った男の視点などを通じて、ちょっとした謎が仕込まれているのも——ミステリー作家の矜持を感じさせて——すこぶる興味深い。この点も含めて評価は☆☆☆★だ。
最後に余談を一つ。鳥飼は「碇卯人」(「トリカイヒウ」のアナグラム)名義でテレビドラマ『相棒』のノヴェライズを手掛けている。鳥飼の名前を知らずとも、こちらで作品に接してきた人は少なくないはずである。
とてもおすすめ | ☆☆☆☆☆ |
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おすすめ | ☆☆☆☆ |
まあまあ | ☆☆☆ |
あまりおすすめできない | ☆☆ |
これは困った | ☆ |