医療や健康というジャンルは、一種の宗教対立のようなところがある。ある方法を妄信的に信じて実践している人がいて、それを頭ごなしに馬鹿にする人もいる。相互理解を深めることがそもそも難しい。
がん治療などはその代表的なものだ。ある人は、最先端医学にすがるように次々と新しい治療法にトライしたがるし、ある人は、最後にはいわゆる民間療法でしか奇跡は起こせないと考える。そしてハーブやアロマ、鍼灸や指圧など比較的よく知られているものから、水だのキノコだの心底怪しげなアイテムにまで手を出す。
どちらのいいところも取り入れて、というスタンスの人たちがいちばん多いだろうが、「効く」と言われると、何となくそそられるのが民間療法、すなわち代替医療だろう。
では、そうした代替医療は、本当に効果があるのか。これまで誰も解明しようとしなかった世界に、メスを入れたのが本書である。
著者は、サイエンスジャーナリズムの第一人者、サイモン・シン。17世紀の数学者フェルマーの残した3世紀に渡る命題と、それに挑戦した数学者たちのドラマを追った『フェルマーの最終定理』や、古代文字の解読から現代に至るまで、暗号解読にまつわる歴史と世界史を豊富なエピソードを駆使して俯瞰する『暗号解読』など、彼の著作はどれも理系にはとんと疎いとしても、十分スリリングに楽しんで読めてしまう。
知られざる挿話を詰め込み、それでいて平易な語り口で読者を誘う著者と、がっぷり四つに組んだのは、代替医療の専門家で、その分野で初めて大学教授になったエツァート・エルンスト。それゆえに期待値も高かったが、予想以上にエキサイティングだった。
本書は6つの章から成る。第一章では、代替医療の科学的検証というものがどのように始まり、それがどうやって根付いていったかという歴史を見ていく。リンカーンは、当時の代替医療の代表格、瀉血によって亡くなった可能性が高いし、ナイチンゲールの最大の功績は病院の衛生管理を進めたことだ。ある治療法が本当に効果があるかないか、科学者たちは絶え間ない実験と観察によってどう結論づけていったかの紆余曲折に、歴史的人物のドラマが加味され、本当に面白い。第二章から第五章までは、鍼、ホメオパシー、カイロプラクティック、ハーブ療法という主要な4つの代替医療について検証し、第六章では、それらを総括して医療の未来を見つめていく。
たとえば、鍼の章。鍼は古来中国発祥の医療だと思われている節があるが、実はその治療が行われた最古の証拠は中部ヨーロッパで見つかっている。また、二十世紀に入るまで中国でもかなり廃れていた鍼治療が、共産主義革命後、急速に復権するのだが、それは毛沢東の思惑によってイデオロギー的なものだったなど、驚くべきトリビアも飛び出してくる。
実際、鍼がさまざまな症状を改善するという一部の事象はあっても、その科学的根拠はいまだに解明されていない。本書ではそれを、鍼治療とプラセボ効果との関わり、それもダブル・ブラインドテスト(二重盲検試験)と言われるもっとも高い水準を満たす手法での検証を試みている。医師と患者の両方が、与えられる治療薬や治療法が本物かプラセボ(偽薬)かを知らない状態で行う臨床試験を指すのだが、これで比較対照された鍼治療を受けた患者たちの結果はどうだったのか。じわじわと緻密に真実が暴かれていくさまは、小気味いいほどだ。
そうなってくると、当然、本書自体の信憑性が問題になってくるが、その疑問に著者はあっさりと答えている。
〈本書の著者たちは、さまざまな代替医療の価値について、信頼に値する結論を引き出せるという点には自信をもっている。なぜなら、すでに多くの研究者によって臨床試験が行われ、科学的根拠が集まっているからだ。〉
これまで行われてきた何千もの系統的な臨床実験を総合的に活用することで、より正確で科学的根拠を踏まえた結論へとつながっていると、著者たちは強い自負を持っており、それを読者にも確信させるだけの材料が次々と繰り出される。
この他にも、よく知られた30以上の代替医療について簡単に検証している付録がついており、これを読むだけでもとてもおトクだ。ちなみに、個人的にとても興味があったデトックスは効果なし、吸い玉療法はプラセボと一刀両断されていて、ちょっとショック。ともすれば袋小路に陥りかねないインチキ医療と関わらないためにも、本書は現代人必読の一冊だろう。
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