変遷の激しい翻訳ミステリー界にあっても——さほど知名度は高くないにせよ——好事家たちに強烈なインパクトを残し、いつしか“伝説の名作”と冠された作品は少なくない。その多くは絶版(重版未定)として放置されるが、時にはリクエストに応じて復刊されるものもある。四半世紀にわたって「あれは凄かったねえ」と語り継がれ、ついに新版が刊行された『ウサギ料理は殺しの味』はその典型的なケースだろう。
ピエール・シニアックは一九二八年生まれのフランス作家。技術専門学校を卒業した後、様々な職業を経て、一九五八年に小説家として本格的にデビュー。放浪者コンビ(一人は性別不詳)の活躍する犯罪小説シリーズ、自ら“ファンポル”(ポラール・ファンタスティック=「幻想的な探偵小説」の意)と命名した不条理ミステリーなどを精力的に発表する。そんな著者の『ウサギ料理は殺しの味』は一九八五年に中公文庫で邦訳され、一部で絶賛されたものの、長らく入手困難な状態が続いていた。
今回の復刊はまさに快挙なのである。
元警察官の私立探偵セヴラン・シャンフィエは、車のエンジンが故障したために、フランス西部の田舎町に滞在することになった。地方新聞の「憎むべき殺人」という見出しに興味を引かれたシャンフィエは、木曜日の夜に(二週続けて)若い女性が絞殺されたことを知り、名声を得るために調査を開始する。特殊なこだわりを持つ娼婦、メニューを変更して嫌いな料理を作るシェフ、お人好しの老占星術師——彼らは事件に関与しているのだろうか? そして「木曜日の夕食のメニューに狩人風ウサギ料理を載せるな。そうすれば、この町で殺人は起こらない」という脅迫状の真意とは?
オーソドックスな連続殺人モノに見えるかもしれないが、本作の根幹は一般的なミステリーの“それ”とは全く異なっている。文庫の帯に付された「ミステリ史上最強の怪作」という惹句はダテではない。ことの真相が明かされた時、読者は唖然としながらも、とんでもない着想とそれを支える周到な構成に圧倒されるはずだ。やや読者を選ぶことは承知の上で、その独創性に対して☆☆☆☆☆を進呈しておこう。
シニアックの作品は本作と短篇二本(『ハヤカワ・ミステリ・マガジン』に掲載)しか邦訳されていないが、論創社から『リュジュ・アンフェルマンとラ・クロデュック』が刊行される予定。シャンフィエが再登場する“Bazar bizarre”をはじめとして、今後の邦訳が進むことを強く希望しておきたい。
とてもおすすめ | ☆☆☆☆☆ |
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おすすめ | ☆☆☆☆ |
まあまあ | ☆☆☆ |
あまりおすすめできない | ☆☆ |
これは困った | ☆ |