1820年、英国。両親を亡くして以来、自分の幸せは諦めて、必死に妹を育ててきたキャロライン。その甲斐あって、美しい妹ヴィヴィアンは社交界デビューし、ハンサムで裕福な子爵エイドリアンから求婚されている。だが、もう一人の夢見がちな妹ポーシャが奇妙なことを言いだした。「ヴィヴィアンお姉さまが吸血鬼と結婚しようとしているわ」いわく、子爵は夜しか活動しない。屋敷の窓は黒いカーテンで閉め切られ、すべての鏡も布で覆われている。そしてヴィヴィアンは彼の魅力に夢中らしい。キャロラインはその訴えを一笑にふした。ヴィヴィアンが裕福な子爵と結婚すれば、もういやらしい親戚のセシルに生活を頼る必要もなくなるのだ。そのうえヴィヴィアンが幸せなら喜ばしいことではないか。
キャロラインは、エイドリアンからヴィヴィアンのご家族もご一緒にとロンドンの屋敷に招かれ、真夜中の舞踏会に参加する。そこで蜂蜜色の髪をなびかせ、青と緑の中間の不思議な色合いの目をした、恐ろしく魅力的な男性に出会った。そして彼も、ほっそりとした体つきにグレーの瞳をした月の女神のように儚げなキャロラインに惹かれているそぶりをみせる。妹のために恋などすまいと思い、24歳の売れ残り棚に残ってしまった自分にもチャンスが? だがその思いは、駆けつけてきたヴィヴィアンの声によって破られた。「今夜の主人役に会ってちょうだい」そこには、さきほどの男性が、キャロラインと同じように青ざめた姿で立っていた。彼こそが妹の求婚者、エイドリアンだったのだ。
思いが千々に乱れる晩餐の席に、乱入者が現われた。スコットランドヤードのラーキン巡査だった。巡査は街では女性の失踪事件が続発しており、それにエイドリアンが関わっているのではないかと匂わせる。無礼な物言いに腹の立ったキャロラインはエイドリアンをかばう発言をするが、あとでそっとエイドリアンに呼び出され、きみに常識があるなら、ぼくのことに首をつっこまないはずだと、警告を受ける。
子爵の正体は本当に吸血鬼で、失踪事件と関係があるのか? 妹の求婚者への恋心に未来はあるのか?
翻訳出版の老舗・早川書房から、この10月に女性向けの新レーベル〈イソラ文庫〉が創刊されました。このレーベルは、コージー・ミステリやノンフィクション、ファンタジーなども出すそうなので、ロマンスだけではないのですが、また新たにチェックすべきレーベルが増えたというのは、ロマンスファンには嬉しい悲鳴というべきでしょうか。
そしてその創刊第1弾が、本書です。きっと気合を入れて選んだんだろうなと思い、見てみたらいきなりのパラノーマル。吸血鬼の噂のある美貌の子爵がヒーロー役。そして舞台背景は、一番人気の摂政公時代のロンドン。バイロンの詩「汝は吸血鬼としてよみがえり/亡骸は塵と化す/やがて故郷に出没し/家族の血を食らう/娘、妹、妻/生命が真夜中に流れ出す」――キャロラインはこの詩を滑稽だと笑い、エイドリアンと心を通わすきっかけとなりますが、怪しげな当時の雰囲気と、連続失踪事件のサスペンス、そこにちょっとしたユーモアも加味された、いろんな読みどころのある、ロマンスです。不思議だったのは、とっても読みやすかったこと。翻訳がちょっといいとか、字が大きいとか、たぶん些細なことだと思うんですが。
キャロラインたち姉妹やエイドリアンと弟の美少年ジュリアンたちのそれぞれの家族愛なども読みどころ。本作はいちおうRITA賞の候補作にも選ばれていて、次作では、夢見がちな妹ポーシャとエイドリアンの弟ジュリアンが主人公となります。続きの楽しみなシリーズになりそうであり、レーベルのほうもちょっと注意して見守っていきたい感じです。ちなみにイソラ文庫から同時配本の『おいしいワインに殺意をそえて』(ミシェル・スコット)も、売れない女優でウェイトレスの主人公が、ワイナリーのハンサムなオーナーからワインの知識を買われてワイン職人殺人事件に巻き込まれていく話で、ロマンス要素もあるので、こちらも併せてお薦めです。☆☆☆☆
兄弟姉妹の仲良し度☆☆☆☆
吸血鬼に度脅かされる☆☆☆☆
とてもおすすめ | ☆☆☆☆☆ |
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おすすめ | ☆☆☆☆ |
まあまあ | ☆☆☆ |
あまりおすすめできない | ☆☆ |
これは困った | ☆ |