『幕末明治百物語』は、一九二七年一月四日から二月二七日まで「やまと新聞」に連載され、同年七月に扶桑堂から刊行された実話怪談集『百物語』を復刊したものである。
テキスト自体は、国立国会図書館の近代デジタルライブラリー(http://kindai.ndl.go.jp/)でも閲覧できるので決して稀覯本というわけではないが、原典は変体仮名も多く、句読点も括弧も打たれていないので、印影本(原本を写真撮影して復刊したもの)で明治期の文献を読み慣れていないとかなりの苦痛を強いられるのではないだろうか。それだけに、句読点や段落を補いながら現代の読者にも読みやすいように復刻されたのは嬉しい。原典の雰囲気を残すために総ルビを採用し、単行本では省略された挿絵を初出紙から再録するなど、きめ細かな編集が施されていることも、本書を購入する強力なアドバンテージになるはずだ。
強力なアドバンテージといえば、編者二人の丁寧な解説も重要である。
文明開化が声高に叫ばれた明治時代は、怪談が迷信や神経症の一種とされ、怪談会などは江戸文化を懐かしむくらいの役割しかなかったと考えていたのだが、一柳廣孝の解説「幽霊は逆襲する」を読むと、ことはそれほど単純ではなかったようだ。『百物語』の収録作は、怪異を輸入されたばかりの西洋合理主義で解明しようとする話も多いのだが、起こった現象をありのままに受け止めようとする感性や、新時代を象徴する医者や代言人(弁護士)が怪異に敗北する話もあり、新時代と旧時代の価値観がせめぎ合っていた明治という時代と、その時代を生きた明治人の心のゆらぎがよく理解できた。
また近藤瑞木の解説「『百物語』の成立」は、丹念な資料調査で、やまと新聞が百物語会を行った経緯と理由、怪談会に噺家の三遊亭円朝、講談師の松林伯円、歌舞伎役者の九世尾上菊五郎といった錚々たるメンバーを集めたやまと新聞の経営者・条野伝平(採菊散人のペンネームで、怪談の語り手も務めている)の実力、出席者の詳細なプロフィール、さらに百物語会の開催を可能にした文人ネットワークの存在などを実証的に浮かび上がらせているので、興味がつきない。
収録作は、刺激的なホラー映画やホラー小説があふれている現代の目から見れば、“背筋が凍る”ほどの怖さを感じることはないが、怪異が忍び寄るプロセスから驚愕のラストを導き出した三遊亭円朝の「第十席」、小泉八雲「因果物語」の原話となった松林伯円の「第十四席」、夜道を通りかかった男がのっぺらぼうに遭遇する小泉八雲「むじな」の原話となった御山苔松の「第三十三席」などは、さすがの完成度。
文化的にも、文学史的にも価値ある復刊であるが、文体の問題や時代背景を理解していなければ十全に理解できない作品もあり、明治文学に興味があるとか、怪談マニアとかでなければ敷居が高いこともあり☆☆☆。
とてもおすすめ | ☆☆☆☆☆ |
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これは困った | ☆ |