台湾系アメリカ人が、23歳のときに書いたデビュー作は、ショボくてバカっぽくて悪口だらけで、でもちょっと切ない青春小説だ。
ほんとうはあらすじをまとめても意味がないのだが、あえてやってみるなら、大学卒業後もピザ屋でバイトする主人公アンドリューには、未来も夢も金もなく、考えるのは別れた彼女サラと、いまは遠くに行ってしまった友人スティーブのことばかり。そんなやさぐれ男の話し相手は、なんと熊とイルカ?! え?
一篇を通じて、ナンセンスな会話とポストモダン的な語りが炸裂していく。たとえば、こんな感じに。
「俺は悲しいんだ」熊は言う。「どうしたらいいと思う」
「よく分かんないけど。日本に行けば」アンドリューは言う。「日本は今なら朝だよ」
「日本のどこだ?」
「家だよ」アンドリューは言う。
あるいはこんなふう。
「ジュンパ・ラヒリってクジラか何かを殺したいような気にさせるんだよ。あの女について話したことあっただろ? なあ。あの女、訳がわからない……名前をしてやがる。大量殺人って感じの響きだな」
「その女拉致しろよ」とスティーブは言う。
「あの女はたぶんダイアモンドの船にビューリッツァー賞と一緒に住んでんだ」
高橋源一郎のデビュー作を知っている読者には、そう新しさも感じない作品だろうが、それでもアメリカのミニマムなリアリズム小説の潮流からは外れまくっているという意味で、アメリカの一部読者には受けたもよう。
「GINZA」誌上で柴田元幸と川上弘美と鼎談したレベッカ・ブラウンは、この小説のことをこう評しているほどだ。
どれだけ登場人物が無感情になれるかという追求が、怖いくらいおもしろい。(中略)でもこうした作家がもし20年前にいたとしても、明らかにメインストリームから外れていたはず。【09年7月号】
とすると、20年前からこれをやって、いまも生き残っている高橋源一郎は、さすがのものだとも考えられるが、それはともかく、この小説には版元である河出書房新社が用意した、PVがあり、YouTubeにあがっている。検索すればすぐにヒットするはずだが、こうした小説を宣伝するPVって、もっとあってもいい。
こうした試みも含めて、☆☆☆☆で。
とてもおすすめ | ☆☆☆☆☆ |
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おすすめ | ☆☆☆☆ |
まあまあ | ☆☆☆ |
あまりおすすめできない | ☆☆ |
これは困った | ☆ |