ほんのささいなこと──たとえば、意地や見栄や欲望から転落していく。なぜこんなことに………と思いながら、地滑りは止まらない。どうしてこんなにツイてないんだと天を仰ぎたくなるような気分は、一度や二度、誰にでも覚えがあるだろう。だが、奥田英朗の描く市井の人々は、もっと無自覚なまま厄災に魅入られてしまうようなところがある。
『最悪』(講談社文庫)に出てくる、孫請け的鉄工所社長やマジメな女子銀行員、パチンコやカツアゲなどで生計を立てるちょい悪フリーター青年然り。『邪魔』(講談社文庫、上下巻)に出てくる、平凡な主婦や男やもめの刑事、不良高校生然り。どちらも、三者三様の暮らしをしていた人物たちが、何の因果か、ある犯罪を通じて人生が絡み合っていく。
本書『無理』は、そうした初期作品『最悪』『邪魔』に通じる、犯罪絡みの群像劇。二文字シリーズ? いや作家本人にはシリーズのつもりはないのかも知れないが、『無理』を読んだらまたその二作に返ってみたくなること請け合いだ。
『無理』の舞台は、町村合併して1年ほどのゆめの市。国道沿いに建つショッピングセンターに客を奪われ、地元の商店街はさびれる一方。経済は沈滞、人は流出、コミュニティーが機能しなくなっている典型的な地方都市だ。その地で暮らしながら何の関わりも持たなかった5人だが、小さな踏み誤りが雪だるま式に膨れ上がり、あるいは不運としかいいようのないアクシデントに見舞われて、ラストには思いがけない形で人々が遭遇する。物語構造は先の二作の進化形とも呼べるスタイルだが、出口の見えない不況と、そのために日々鬱積する彼らの不満、その描き方の鮮やかなこと!
ゆめの市の社会福祉事務所で、いかに生活保護受給者を減らすかに腐心する公務員の相原友則。地元を捨てたくてたまらない女子高生の久保史恵。どんなやり方でも金を持った者が勝ちだと詐欺まがいの仕事に精を出す火災報知器セールスマンの加藤裕也。万引きGメンとして働く傍ら、孤独と生活苦から新興宗教に傾倒していく堀部妙子。地元ヤクザとの癒着を断ち切れない世襲市会議員の山本順一。プチ不幸からさらに閉塞状況に追い込まれていく彼らの人生模様は、リアルすぎて薄ら寒いほどだ。
彼らの人生に添加される、老老介護、引きこもり、家庭内暴力、不条理犯罪、電波系、遺産相続トラブル、カルト等々。世相を映し出すあらゆる装置が、現代社会のどうにもならなさを描き出すのに一役買っている。5本の連作中編としても成立しただろう物語だが、恵まれてるとは言いがたい人々の群像劇にしたことで、地方都市に生きるとはどういうことなのかをより立体的に浮かび上がらせた。本書を読みながら、私の脳裏に重なってきたイメージは、数多の諺と寓意を含んだピーター・ブリューゲルの代表的絵画「ネーデルランドの諺」だ。
5人の運命が一気に絡み合った刹那、あっと驚く椿事が。そのときにしぶとく這い上がろうとする人物がいて、このガッツが痛快だ。どんな状況でもタフに行け、絶体絶命の混沌からは自分の力で突破するしかないという、著者のエールにも聞こえる。
ただ、これ以上長くなるのを避けたのか、そのサプライズなエンディングがちょっと都合良く見えてしまうことも確か。回収できなかったエピソードの顛末が気になって仕方ないんだもの。
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とてもおすすめ | ☆☆☆☆☆ |
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おすすめ | ☆☆☆☆ |
まあまあ | ☆☆☆ |
あまりおすすめできない | ☆☆ |
これは困った | ☆ |