時刻表を見ながら旅行のプランを考えるのが好きな人もいれば、地図を眺めながら旅行気分を味わえる人もいる。ただ旅行好きの人すべてが時刻表好き、地図好きであるとは限らない。これに倣うならば、本好きにも二種類の人間がいる。それは、書誌好きな者と、そうでない者である。書誌に興味がなければ無用の長物かもしれないが、書誌好きはもちろん、探偵小説マニア、探偵小説研究家に至福の時を与えてくれるのが、『探偵雑誌目次総覧』である。
『探偵雑誌目次総覧』は本当に“労作”であり、山前譲の集大成でもある。
純文学雑誌と違い、読み捨てにされ、公共図書館も積極的に収集していなかった探偵小説雑誌は、散逸が激しいだけに古書価も高いのが現状である。例えば、戦前の探偵小説雑誌の雄「新青年」も、二〇年前は国立国会図書館にさえほとんど所蔵されていなかったのである(その後、復刻版やマイクロフィルム版が刊行されたので本誌は読むことができるようになったが、それでも付録はまだすべて揃っていない)。こうした厳しい状況を乗り越え、戦前戦後の探偵雑誌三五誌、一一八六冊の目次をすべて調べあげたのだから、本当に頭が下がる。しかも雑誌別の総目次だけでなく、各雑誌の創刊から終刊までの流れを紹介する解題に加え、執筆者名索引も完備されている。執筆者名索引には作家の別名やペンネームも記載されているので、利便性も高い。
「新青年」は、新青年研究会編『「新青年」読本』(作品社、絶版)の巻末に総目次があり、本の友社の復刻版にも年度ごとの総目次、執筆者別作品リストが付いていることもあってか、本書では割愛されている。「新青年」が入っていれば、一冊で主立った探偵雑誌の歴史が概観できただけに残念でならないが、「新青年」は全三〇〇冊を超える分量があり、厚みが増すと値段も高くなるので、この判断はいたしかたなかったのだろう。
『探偵雑誌目次総覧』が、今後のミステリー研究、ミステリー出版に与える影響は計り知れない。日本の探偵小説史は、長く江戸川乱歩の『探偵小説四十年』(光文社文庫)の寡占状態が続いてきた。『探偵小説四十年』が信頼されていたのは、乱歩が探偵雑誌、探偵小説のコレクターで膨大な資料を所有していたためだが、本書にはそれに勝るとも劣らない情報が詰まっているので、乱歩史観とは異なる探偵小説史を生み出す母胎になる可能性もある。また執筆者名索引は作家個人の執筆履歴を知ることができるのはもちろん、全集未収録の珍しい作品の発掘にも繋がるだろう。真に読者を選ぶ作品ではあるが、今後、本書が作り出すムーブメントへの期待も込めて☆☆☆☆。
とてもおすすめ | ☆☆☆☆☆ |
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