今野敏は、《隠蔽捜査》シリーズ(講談社より刊行)で各種年末ランキングで高位をとり、2008年の第61回推理作家協会賞(長編及び連作短編集部門)を受賞して、警察小説の代表的作家としての地位を確かなものとした。本書『同期』は、そんな作家が新機軸を打ち出した作品である。
それはズバリ、主人公が比較的若手であることだ(とは言っても三十路ですけど)。
警視庁捜査一課に所属する三十二歳の刑事・宇田川は、同期の公安刑事・蘇我を内心密かにライバル視していた。ところがその蘇我が、突然懲戒解雇となってしまう。通常、警察官が懲戒解雇される場合は、何らかの不祥事が絡んでいるため、その不祥事が大々的に報道されることが多い。しかし今回は解雇理由が公けにされていない。不審に思った宇田川は、人事部門に理由を問い合わせてみたが、蘇我の経歴は既に警察内部から抹消されていた。おまけに宇田川は、公安から目を付けられてしまう。そして事件は起きた。暴力団の構成員殺害事件の容疑者として、蘇我の名前が浮上したのだ。いくら何でも状況が怪し過ぎる。宇田川は、蘇我を助けるために行動を開始するのだが……。
今野敏の警察小説は、これまで主人公にベテラン警官を配することが多かった。彼らは既に警察官としての個性を確立済みであり、それを活かしていかに事件に挑むかが読み所となっていたのである。しかし今回は、自分が刑事としてどう生きるかを確立できていない人物を主人公に据えて、事件にかかわる過程で成長する様を鮮やかに描出している。ポイントは、宇田川は自分の力だけで成長するのではないという点である。彼は警察内部の先輩・同僚、そして上司に助けられて蘇我を助けることになる。
現実の警察は不祥事も少なくない。またその有する権力は強大である。従って、フィクションの世界で警察組織(特にキャリア組)は「権力側の走狗」として描かれがちだ。しかし実際には、キャリア・ノンキャリア含めて、多くの警察官が善意や正義感を持って実直に仕事をしている。普通のサラリーマンと同じく、そこには誇りや気概だってあるはずだ。であれば、それをカッコよく描く娯楽小説だってあってもいいじゃないか。
今野敏の警察小説を読む醍醐味は、まさにここにある。『同期』もまた然り。本書に出て来る警察官に、絵に描いたような悪人や、権力の手先はいない。みんな基本的には真摯で真面目だ。そして、事件解決に向けて、各々の立場から努力しているのである。
警察全体が蘇我を見捨てたように見えたことで、宇田川は警察に不信感を抱く。このまま刑事でい続けることができるかにも迷いが出る。しかし、彼は周囲の刑事たちがしっかり仕事をしているのを見ることで、警察の、刑事の果たすべき役割について認識を新たにする。この展開には燃えてしまいます。
多少のご都合主義は見てとれるが、それすらも隠し味のケレンに使って、読者を圧倒する力を備えた作品である。刑事たちの爽やかなまでのカッコよさに痺れたので、評価は☆☆☆☆。
とてもおすすめ | ☆☆☆☆☆ |
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おすすめ | ☆☆☆☆ |
まあまあ | ☆☆☆ |
あまりおすすめできない | ☆☆ |
これは困った | ☆ |