女の一代記は激しいものだと承知の上で読み始めたが、『リリアン』のヒロイン、美貌のユダヤ人女性リリアンの半生の壮絶さには平伏するしかない。
小説の幕開けは1924年。リリアンは、ポグロム(集団的かつ計画的なユダヤ人虐殺)から逃れ、言葉もままならないニューヨークへ。ほとんど身ひとつで、従姉フリーダの部屋にたどり着いた。
19世紀後半から20世紀初頭にかけて、ロシアから東ヨーロッパではポグロムが起きた。とりわけロシアでは激化の一途をたどり、その惨禍によって両親も夫も惨殺されたリリアンは、一人娘のソフィーも死んだものだとあきらめていた。リリアンは夜毎、家族を殺された悪夢にうなされながらも、新天地で歯を食いしばり、前を向いて生き抜こうとする。そのために、裕福な劇場主ルーベンとその息子マイヤー、両方の愛人になるというインモラルな生活を選ぶことになっても。いちばんの心の平穏は、英語学習の師ヤーコヴとの友情だ。ソフィーとの思い出がときおり脳裏をよぎるが、それをなだめながらいまの暮らしになじもうとしている矢先、少し遅れて渡米してきた従妹レイゼレから、あまりに思いがけないニュースがもたらされる。
ソフィーは生きていて、近所のご夫婦に連れられてシベリアへ渡ったと告げるレイゼレ。本当だという確証はない。だが、リリアンはいてもたってもいられず、すべてを捨てて娘を捜し出すために、シベリアを目指すのだ。
わずかなお金と所持品だけを手に、シカゴ、ファーゴ、シアトル、ヘイゼルトンへと陸路を横断していく。世話人の導きでリリアンは、鉄道の掃除用具入れに身を隠し、移動を続ける。その先で身ぐるみ剥がされることもあれば、矯正施設に収容されることもある。シベリアが近づいて来るにつれ、状況はますますひどくなる。土地土地には、リリアンを虐げ、それでいてひとつかみの親切を与えてくれる男女がいる。彼、彼女らはときにそこに安住するよう手を差し伸べてくれるのだが、リリアンは常にいつ旅立とうかと身構えている。息詰まるような旅の様子に圧倒され、文字を追う目は釘付けだ。
これほどにリリアンを突き動かしているのは何だろう。母性? いや、むしろ「ソフィーに会って自分の腕に抱きしめたい」という願いは信仰にすらなって、その向こうに、“生きて前に進む意味”を見ているのだ。
母が娘を探して北上するロードノベルでもあるのだが、リリアンの人生、旅の途中で出会う黒人娼婦ガムドロップや詐欺師一家の中国人娘チンキーら女たちの人生、それぞれに過酷な世界の中で、誰もが手ひどい現実を受け入れてしたたかに生きている女たちの肖像がすばらしい。
これもまた、2009年マイ・ベストブックに入れる一冊。
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