SF小説の巨匠アイザック・アシモフは作家にして生化学者だし、『ザ・ゴール』という世界的ベストセラーをものにしているのはエリヤフ・ゴールドラッドという物理学者、何とも微笑ましい逸話集『ご冗談でしょう、ファインマンさん』の著者リチャード・P・ファインマンも物理学者。日本でも、東野圭吾は工学部出身のエンジニアとして働いた経歴があり、森博嗣は工学博士、渡辺淳一や海堂尊は医学博士と来ている。
理系出身作家の書く小説は、しばしば驚くほど詩的で繊細なロマンを含んでいるが、物理学研究者(なにせまだトリノ大学大学院博士課程在籍中)パオロ・ジョルダーノもまた、そんな作品を書くひとり。08年度のストレーガ賞を歴代最年少の26歳で受賞した本書がジョルダーノのデビュー作だ。
ストレーガ賞といえば、受賞作家には、アルベルト・モラヴィア、エルサ・モランテ、ウンベルト・エーコら、錚々たるメンバーが並ぶ。イタリアで最も権威ある文学賞なのだから読む前から期待値は高かったけれど、ガラス細工のようにもろく美しいこの恋愛小説は、予想をはるかに凌ぐ傑作だった。2009年下半期がスタートして早々に、今年のベストブック入り確実な作品に出合えた幸福を、まずはご報告。
本書のふたりの主人公、マッティアとアリーチェは、ともに幼少期に深い傷を負い、自分の殻に閉じこもったまま成長する。
マッティアは、自分の双子の妹ミケーラにした仕打ちがもたらした結果があまりに残酷で、その自責の念に絡め取られている。一方、アリーチェは、スキー中の事故で片足に文字通り大きな傷を負った。彼女はその事故の責任は父親にあると感じ、父親を恨み続け、心の不均衡から拒食症も患っている。
そんな孤独な魂を抱えたふたりは、偶然、いや必然のように出会い、不器用につながり合いながら大人になるのだが……。
この主軸に、登場人物たちの人生にさまざまな影を落としている、いじめや自傷癖や摂食障害、ねじれた親子関係、同性愛、痴呆、介護など現代的な問題が複雑に絡み合う。
タイトルから推察されるように、マッティアとアリーチェは、それぞれが素数、それもほとんど隣り合った位置にある素数のペア=双子素数のような関係である。素数は、数が先に進めば進むほど、滅多にこのペアが現れなくなる。しかし、数えるのをやめようと思ったまさにそのときに、〈そこでしっかりと抱きあっている新たな双子に出くわす〉ものらしい。マッティア自身が、〈僕とアリーチェは双子素数と同じだ〉〈どちらも孤独で途方に暮れていて、お互い近くにいるけれど、本当に触れあうにはなお遠過ぎる〉と感じているのだが、彼らの絆はその真理をなぞっているかのようだ。
数学の天賦の才を開花させていくマッティア、カメラに情熱を傾け、自分を愛してくれる男性も見つけたアリーチェ。それぞれに生きるよすがを得ながら、埋まらない孤独に彼らは打ちひしがれる。それを満たしてくれるものは何かを本当は知っているのに、ずっと見ないふりを続けている。だが、このボタンの掛け違い、どこで間違ったのかと思う焦りこそ、誰もが経験していることだ。それゆえに、彼らの苦悩がとても身近に感じられる。
さて、この小説のほとんどは、ふたりのぎこちない恋模様と、彼らの両親や家政婦、クラスメイトたちがそれぞれ抱える悲痛な思いが静かな筆致で描かれる。ところが、後半も後半、終わり1/7くらいのところで、ミケーラにまつわるある謎が急浮上し、横っ面を張られたような驚きがやってくる。この顛末のランディングがまた予期せぬ痛ましさと、それでいて確かに力強い希望も描く。リーダビリティーにおいても秀逸な本作、☆が5つまでしかないのが残念。
☆☆☆☆☆
とてもおすすめ | ☆☆☆☆☆ |
---|---|
おすすめ | ☆☆☆☆ |
まあまあ | ☆☆☆ |
あまりおすすめできない | ☆☆ |
これは困った | ☆ |