フェルメールやレンブラントなどが活躍した17世紀オランダの名画《蛹》。その絵の所有権をめぐる裁判のための打ち合わせの席で、大手法律事務所の弁護士マーラは、学生時代の同級生、マイケルと再会した。ほぼ10年ぶりに会う彼は、淡い黄褐色のくせ毛に、猫を思わせる青磁の瞳の、たくましい腕をもった美男子に成長していた。対するマーラは、背が高く、ほっそりとした、整った顔立ちに綺麗な赤い髪で、いかにもキャリアウーマン然としていたが、思わぬ再会に、突然のっぽでそばかすだらけの本の虫だった大学時代に引き戻されたような感覚に陥ってしまう。同時に、友達以上恋人未満に終わった当時のマイケルへの気持ちも甦るようだった。
ニューヨークのオークション・ハウス「ビーリーズ」の法務担当であるマイケルの話によれば、「ビーリーズ」が管理する《蛹》は信頼できる画商から買い取ったものだが、第二次大戦下、ナチスに絵を奪われたという老婦人ヒルダ・バウムが返還の訴えを起こしており、「ビーリーズ」の正当性を裁判で証明してほしいというのだ。
事務的な打ち合わせに終始しようとするマーラを、マイケルは抗いがたい魅力で惹きつける。だが、マーラには恋をしてはいけない理由があった。かつての同僚の女性は、依頼人と恋仲になり、しかも手ひどい裏切りをうけたせいで、事務所に大きな痛手を負わせ、いまもその賠償金の支払いに苦労しているのだ。プライベートの喜びを捨てて、これまで築いてきたキャリアを恋のために捨てるわけにはいかない。でも本当にそれでいいのかしら。迷いを残すマーラに、マイケルは秘密で見せたいのもがある、と、彼女を《蛹》が保管されている部屋へ導く。たおやかな令嬢が光の中で微笑むその足元には、白百合の花と、いままさに殻を突き破ろうとする蛹の姿が描かれていた。
《蛹》に導かれるように自らの殻を突き破る一歩を踏み出したマーラを、大きな運命の転変が待ち受けていた。
本書を厳密にロマンスかと言われれば、それは違います。ジャンル分けするならば、美術歴史ミステリ。《蛹》の所有権をめぐる法廷で争う現代のニューヨークと、《蛹》がユダヤ系資産家のバウム家からナチスに奪われた第二次大戦下、そして《蛹》を描いた画家のヨハネス・ミーレフェルトの成功と凋落の半生が語られる17世紀という、3つの時代のパートが交錯し、やがて《蛹》の真実があらわになっていきます。
注目すべきは、歴史が繰り返していること。たとえば、ヨハネスとマーラの独善的な父親への服従と反発。恋に引き裂かれる友情と仕事。それでも、信じる真実へと突き進むところ。およそ350年の時を隔て、彼らの生きざまは、美しい相似形を描いているのです。恋の結末には大きな差が出るのですが……。
その「恋」ですが、前半は完全にロマンス小説。後半で法廷&歴史発見サスペンスに様相を変えていきますが、マーラのマイケルへの恋のためらいと喜びは、順調すぎて不安になるほど、ロマンスファン満足の仕上がり。後半でも、老婦人のかつての恋(ここでも歴史は繰り返しています)や、ヨハネスが《蛹》に込めた恋が語られます。
著者のヘザー・テレルは本書がデビュー作。マーラと同じ、もともとは大きな法律事務所で働く弁護士で、当時から本書のアイディアを温めていたそうです。本国で出た書評を読むと、ロマンスとして受け止めた読者もいるようで、もちろん異論のある方もおいででしょうけれど、たまにはこんなロマンスの隣りの本に、ロマンスを発見してみるのも楽しいかも。☆☆☆☆
ロマンティック度☆☆☆
恋の歴史は繰り返す度☆☆☆☆☆
とてもおすすめ | ☆☆☆☆☆ |
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おすすめ | ☆☆☆☆ |
まあまあ | ☆☆☆ |
あまりおすすめできない | ☆☆ |
これは困った | ☆ |