二階堂蘭子と並び、この作家お抱えのシリーズ探偵である水乃サトルが登場する新作長篇である。
1987年、サトルは、友人の十姉妹刑事と共に、退職した元刑事から過去の未解決事件の話を聞かされる。1953年に、金貸しの東福剛介が殺された事件の犯人として今の人気女性マンガ家・天馬ルミ子と彼女に仕える男・杉森修一が疑われた。しかし二人には鉄壁のアリバイがあり、逮捕しようがなかったのだ。結局事件は迷宮入りしてしまう。サトルはこの昔の事件に興味を持ったがその矢先、ルミ子の周囲でまたもや新たな事件が発生。今度は彼女の元夫が殺されたというのだ……。
印象的なのは戦争が登場人物に投げ掛けた影である。53年の事件の関係者は、太平洋戦争によって人生を大きく狂わされている。戦争は、事件の直接の原因でこそないものの、間違いなく遠因の一つではある。このことが小説としての深みを本書にもたらしているのだ。ただし犯人役を悪鬼羅刹の如く描いてしまう二階堂黎人の手癖ゆえ、読者が犯人側にシンパシーを抱くことが難しくなってしまい、結果として戦争や社会への告発が弱くなっている。ここだけは残念。しかし堅牢な本格ミステリとしてまとまっているのはさすがで、地に足の付いたトリックが楽しめる。特にアリバイ・トリックは時代性を非常にうまく活用しており、なかなか感心した。また事件を解くのに年月を費やしているのも特徴で、謎が解かれるのは1996年なのだ。その間にサトルの立場も学生から社会人に変わっており、奸智に長けた犯人のからくりを見抜くのがいかに難しかったか窺われる。その分、終盤のサトルと犯人の直接対峙は感慨深い。また最後の最後で怪奇趣味がいい具合に使われるのも嬉しいところだ。この作家の特徴が素直にプラスに出た佳作として、☆☆☆。
とてもおすすめ | ☆☆☆☆☆ |
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おすすめ | ☆☆☆☆ |
まあまあ | ☆☆☆ |
あまりおすすめできない | ☆☆ |
これは困った | ☆ |