で、最後はこの本。あなたもワタシも、もちろん筆者も、男子はみんなお世話になった(なっている)AV=アダルトビデオの歴史が新書で出た。この分野の書籍に詳しくないのでハッキリしたことは言えないが、これは新書という形式が要求する諸要素――専門的すぎない一般性、蒙を啓いてくれる教育性、正確な事実の集積としての記録性――などをすべて網羅したすばらしい労作であると思う。
【69年11月、ソニーは独自の「Uローディング」式カセットビデオプレーヤー(非録画式)の試作に成功。翌年12月にはソニー、松下、ビクターの三社で3/4インチカセットビデオテープの統一規格=「規格」が発表された。これはオープンリール式のテープ装填の煩わしさを解消し、一般家庭への普及をめざした画期的モデルだった】
これは「AV前史」時代についての記載だが、本書の特色をよくあらわす記述スタイルなので抜いてみた。『アダルトビデオ革命史』では、このようにAVを語るに外せない「機材」について、各段階でのそれこそ「革命」的な進歩、大衆化=低価格化の動き、そこからパーソナルなメディア展開としてのAV、という考察が深められていく。
【日本のAVの特徴のひとつとして表現内容が男女のSEXに偏重していないことがある(その直接的原因にはビデ倫をはじめとする自主規制機関の事前審査が大きく影響しているが、その問題は後述する)。SEXシーンをクライマックスとして、その前段階に「ドキュメント」「インタビュー」「イメージ」「オナニー」「SM」「コスプレ」などのセクシュアルな二次的要素を惑星のようにちりばめているのが日本のAVの独自性だ。】
こう書かれてみると、「わあ、確かにそうだね」と思わず膝を打つ感じになる。AVを観たことがあれば誰でも経験的に知っている事柄でありながら、このように的確に歴史の文脈として、そして日本に固有の特徴として取り出されると、なるほどこういう本が書かれる理由もわかる気がする。特にこの本の著者の場合、世間の多くのライターとは異なり、自分の文体を「独自性」としてプッシュする気配が毛頭なく(むしろこうした「歴史書」を書くにあたって、あえて個人的な見解もふくめ、そうした「文体」も封印しているように思える)、だからこそかえって、「二次的要素を惑星のようにちりばめている」なんて表現が、ふと美しく思えてしまう。
機材の問題、メディアの問題、AV女優はじめ人の問題、市場の問題、さらには放送や警察の動向など、AVをめぐるあらゆる諸条件や要素に綿密な検討が加えられる本書は、おそらく執筆にあたって参照された文献や映像作品の量も半端なものではなく、結果、読み物としての面白さ、豊かさに加えて、保存すべき資料としても第一級の仕事になり得ていることは間違いない。
と、いうわけでかくも見事な『アダルトビデオ革命史』だが、それでも☆を最高点から1つ外したのは、ちょっと以下のような箇所が気にかかるからである。
【だが、黒木香も含めた淫乱女優たちが、本当に自己の内面からあのような激しい性感反応を表出させたのかどうかは少し疑問がある。筆者は当時、多くの「淫乱女優」と呼ばれたAVモデルにインタビューしたが、彼女たちの語り口のほとんどは物静かでつつましい印象だった。また豊丸や黒木香のその後を追ったルポ記事に目を通しても、AV時代に見せた躁病的な性生活の持続をコメントしたものはほとんどいない。】
ここに書かれている「自己の内面」という言葉が、筆者には少し雑駁なものに思われる。あるいは別の言い方をすれば、ナイーブすぎるように思われる。「自己の内面」とはおそらく、表面に噴出している激しさの裏側にしっかりと「実在」しているようななにものかとは、別の成立の仕方をしていると思うからだ。
急いでここで書き添えておかなければならないのは、藤木TDC氏がこのように書く背景として、AVにおいては、「演技じゃなくて、女優が本当に感じている」ことが肝心だという不文律がある。藤木氏は、演技ではないこうした「本気の反応」を「性感表現」と呼んでいて、おそらくこれは藤木氏特有の用語なのだが、こうしたあえて散文的な、あたかも臨床医のごとき用語を用いるのは、AV業界の中に深く潜行して生き、そこで仕事をして生活の糧を得てきたライターの矜持でもあり、「女優」たちと少なからず併走してきた立場からのモラルの現れなのではないかと「邪推」してしまう。
で、そうした「邪推」をふまえて、お気楽な一読者として、またレビュワーとして、「自己の内面」と「性感表現」はけっして一義的につながったり断絶したりはしていないのではないか? と、書いておきたい。『アダルトビデオ革命史』、これは間違いなく他のライターでは書けない一流の仕事であるけれども、もう少しアクセルを踏んだ藤木氏の個人的脱線を読んでみたかったという意味で、☆☆☆☆、であります。
とてもおすすめ | ☆☆☆☆☆ |
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おすすめ | ☆☆☆☆ |
まあまあ | ☆☆☆ |
あまりおすすめできない | ☆☆ |
これは困った | ☆ |