妊娠出産する当事者や周囲の者たちの困惑や歓喜やドタバタを描いた小説は多いが、視点人物が赤ん坊の祖母というのはめずらしい。『ドンナ・マサヨの悪魔』は、イタリア留学中に身重になった娘・香奈からの、夫パオロとともに帰国するから同居させてほしいという知らせにとまどう母マサヨのとまどいから幕を開ける。
職もなく、そのあてもない娘夫婦。子どもをもうけるには半人前にもかかわらず、手放しで懐妊を喜ぶふたりのポジティブさに、最初、マサヨも夫も複雑な心境になる。反面、パオロの優しい人柄に安堵もしたマサヨ。ところが第二章の終わりで、マサヨは娘のお腹の中にいるという妙な生きものの声を聞く。物語はここから不思議なムードになってくる。
香奈の寝ている合間に「ばあさん」と語りかけてくるその声を、マサヨはアクマと名付けた。アクマはマサヨに、生きものの進化と人類誕生の神秘を説き、そこに香奈のお腹にたどり着くまでの長い旅路を語る。謎の声の過度に尊大なもの言いは、かなりユーモラス。たとえば、声が<ワタシには妻でない女も両手の指の数だけいた>と自慢し、<これは性交が好きなように組み込まれた、オスの宿命だ>などと開き直るあたり、相当可笑しい。
それと同時に、生命はどこから来るのかという人類最大の謎の一端にも迫る寓話性を備えていて、つい引き込まれてしまう。
香奈は悪阻がひどく、妊娠してからは情緒不安定に悩む。心配でおろおろするパオロにマサヨは、こう諭す。
<ねえ、パオロ。もともと母親にとって、おなかの赤ん坊は後から入ってきた異物なのよ。生きた異物。侵入者というわけよ。だから双方で初めから仲良く折り合ったりはしないものなの。>
祖母という、赤ん坊とはワンクッション置かれた位置から昨今の出産事情をながめると、不思議な気持ちにもなるのだろう。赤ん坊がお腹の中にいるときから胎教に熱心過ぎる親たちの狂騒にはさらりと水を差すところに、個人的にはにやりとさせられた。
先に刊行された『あなたと共に逝きましょう』(朝日新聞出版)でも、人間の「からだ」と「こころ」の不可思議な分かちがたさを描いた著者。『あなた~』の中で、還暦を迎えた熟年夫婦をフィルターにして見つめた生命観を、『ドンナ~』では、娘が迎えた現代の出産を通して、「生命というものの根源的な秘密」をふたたび考察していく。深いところで根っこがつながっているこの2作は、合わせて読むと面白さ倍増。
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