森福都は、中国史を題材にしたミステリや幻想小説を得意としているが、『赤い月』では、約100年前にハワイに移民した日系人が巻き込まれた事件を連作集にまとめている。
物語は、かつてハワイのホテル白木屋でボーイをしていた新宅直吉が、曾孫の慶一に昔の事件を語ることで進んでいく。ただし、直吉と慶一は直接会話は出来ないという設定になっており、直吉は曾孫とコミュニケーションを取る方法でも苦労をすることになり、このやきもき感も物語を盛り上げてくれる。
巻頭の「そして彼女は去る」では、ハワイで成功した大富豪・濱田直吉の若き後妻リヨが、崖から転落死しエメラルドの指輪を奪われるという事件が描かれる。リヨの不可解な死は、遊び人ながら推理能力だけは抜群の白木屋の次男坊・鍵本磯次郎の活躍で解決するものの、直吉には磯次郎が嘘をついているとしか思えなかった。そこで直吉は、リヨの死に関係のありそうな6つの事件を回想することで、事件の真相に迫ろうとする。
そのため第2話以降は、1話で完結する短篇ミステリであると同時に、長篇ミステリの伏線にもなっているので、短篇と長篇の二つの要素が楽しめるようになっている。
短篇パートの作品は、驚天動地のトリックが出てくるわけではないが、読んでいて引っかかった部分が余すことなく推理に利用されていたり、謎解き場面で思わぬところに伏線があったことに気付かされたりするので、緻密に組み立てられている。
それぞれの事件には、ハワイの移民が一部の成功者と大多数の低賃金労働者にわかれていたこと、日系移民が待遇改善を求めて大規模なストライキ(大同盟罷業)を行ったこと、日本の伝統を重んじる一世とアメリカ生まれの二世に価値観の断絶があったことなど、現代の日本人が知らない日系移民の歴史がきちんと織り込まれ、まさに時代ミステリでしか表現できない謎と解明のダイナミズムを生み出している。しかも日系移民の悲劇を単に歴史の一コマとするのではなく、現代の格差社会とも重ねているので、増えつつある貧困層とどのように向き合うべきかも考えさせられる。
最終章「そしてずっと心の中に生きる」では、リヨの死の真実が解明されるのだが、短篇パート同様、緻密であることは認めるが、残念ながら意外性は少なかった。著者の作品では、やはり連作形式の『双子幻綺行』のラストに驚愕した覚えがあるので、それに比べるとどうしても小粒な印象は拭えない。また、この解決であれば、直吉が曾孫の慶一に解決を依頼するという形式を採らなくても成立するので、全体を貫く設定自体も浮いていたように思えた。欠点が目に付くのは、明らかにダメな作品と完成度が高いので逆に瑕疵が気になる作品に大別できるが、本書はもちろん後者。☆☆☆☆は間違いなし。
とてもおすすめ | ☆☆☆☆☆ |
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おすすめ | ☆☆☆☆ |
まあまあ | ☆☆☆ |
あまりおすすめできない | ☆☆ |
これは困った | ☆ |