『ザナドゥーへの道』は、中国文学者でもある中野美代子が、西欧と東洋の交流史を伝奇幻想小説の手法でを描いた連作集。『東方の驚異』と重なるテーマもあるので、両者を読み比べてみるのも一興だろう。
東方へ向かったネストリウス派キリスト教の僧アロペンが、砂漠の国で、インドに向かう玄奘三蔵と邂逅する「碑文のなかの旅人」。敦煌に向かったポール・ペリオが、発掘の直前に奇妙な夢を見る「敦煌蔵経洞」。プレスター・ジョンのモデルになった事件と人物を推理する一種の歴史ミステリになっている「二都物語」など、収録された12篇は、古代シルクロードの物語があるかと思えば、大航海時代を題材にした海洋冒険小説もあるのでバラエティ豊か。物語を語る手法も、一般的な歴史小説のスタイルだけでなく、エッセイ風の作品や研究者同士の雑談で物語を進める作品、さらに全編が一種の書評集になっている作品まで幅広く、最後まで飽きさせない。切れ味鋭く、アイディアの出し惜しみがないのは、次回作のことをそれほど考えなくてもいい兼業作家の強みといえるだろう。
本書は東方奇譚を集めているが、異形のモノが出てくることもないし、史実を改変するようなこともしていない。それなのに収録作が妖しく幻想的に見えてしまうのは、“キリスト教文明が見た東洋”というフィルターをかけているからにほかならない。
清に滅ぼされたものの、落ち延びて明国皇帝を名乗った永歴帝を支持するイエズス会士のミカエル・ボイムが、明への援軍を求めるためローマへ赴く「亡国の大使」は、周囲を敵に囲まれた皇帝一族を、ボイムがヘレン、アンナ、コンスタンチンといった洗礼名で呼ぶことで、みすぼらしい皇帝の住居を絢爛豪華なキリスト教国に変えている(野溝七生子『猫きち』や牧野信一『ゼーロン』の世界だ)。また北京オリンピック開会式の空撮映像から17世紀のヨーロッパで流行した月の旅行記に話が飛ぶ「月の上からペキンを見れば」は、当時の西欧にとって中国は月に匹敵するワンダーランドであったことを浮かび上がらせているのだ。
驚異に満ちたオリエントを描くことで、逆説的に、現代の日本人が伝統的な認識ではなく、西洋人と同じ価値観でアジアを見ていることを暴いた仕掛けも秀逸で、☆☆☆☆。
とてもおすすめ | ☆☆☆☆☆ |
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