『皇帝の閑暇』(青土社)が【叢書西洋中世綺譚集成】の一冊として刊行されたのが1997年のこと。それが2008年に講談社学術文庫に収録されたと思ったら、早くも第二弾が刊行された。『皇帝の閑暇』はティルベリのゲルウァシウスが収集した奇譚を集めたていたが、『東方の驚異』にはインドをめぐる作者不明の奇譚が収められている。
収録されているのは、アレクサンドロス大王が東方遠征の途上で師のアリストテレスに送った書簡と、インドにあるキリスト教国の司祭ヨハネがヨーロッパの皇帝に送った書簡のラテン語ヴァージョンと古フランス語ヴァージョンの全三編。「司祭ヨハネの手紙」は、東洋にあると信じられていたキリスト教国(いわゆるプレスター・ジョンの国)の元ネタである。プレスター・ジョンが実在していないことからも分かる通り、本書に収められた書簡はすべて“偽書”なのだが、中世のヨーロッパ人が東洋に抱いていた誤解と偏見、その裏返してとしての憧憬がどのようなものであったのかがうかがえるのは興味深い。
この東方世界への誤解と偏見(エドワード・サイードいうところの「オリエンタリズム」)は、決して過去の問題ではなく、(アメリカの宗教保守が、先のイラク戦争を十字軍になぞらえたように)現在も連綿と続いており、その原点が分かる意味でも本書の存在は大きい。
作中には「象より大きく頭は馬のように黒々と(中略)額に三本の角」を持っている「オドンタティランヌン」や未来を予言する「聖樹」、あるいは「犬頭人(キュノケファロイ)、四十腕尺ある巨人、スキアポデス、隻眼巨人(キュクロペス)」といった奇妙な動植物や人種が紹介されているが、本書にファンタジー小説的な楽しさがあるかといえば、それは別問題。事実が淡々と記述されているだけなので、退屈に感じる読者も多いかもしれない。中世史の研究者や中世を舞台とする歴史小説やファンタジー小説を書きたい人、澁澤龍彦『高丘親王航海記』や宇月原清明の作品が好きな人にとっては必読の一冊なのだが、読者を選ぶので☆☆☆。
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