アル中・ジャンキー・ケガ人・ビョー人だらけのとことんジーザスなアメリカでオレたちいったいどうしたらいいのさ、ねえジーザス答えてくれよお、なデニス・ジョンソン『ジーザス・サン』に続く白水社「エクス・リブリス」の第二弾は、なんとまあ、ユーモア、エンタメ小説である。ガチ文学系主体が当たり前の外国文学のシリーズにおいて、はやくもエンタメが出てきた。この間口の広さ。いいじゃないですか。
ポール・トーディ著『イエメンで鮭釣りを』――タイトルそのままに中東・イエメンで鮭釣りをできるようにすべく巨大なプロジェクトが繰り広げられるという、それだけ聞かされればおバカな話である。そんなのムリに決まってるじゃん。はい、そのとおり。四の五の言う必要もありません。もし、本当にうまくいっちゃったら、物語は別の方向に行ってしまいます。
というわけで、全体の三分の一より手前で、このプロジェクトは成功しなかったらしいということが潔く示唆される。読者はここで、本書はそもそもの設定以上に非常識なところには向かわないであろう真っ当なエンタメ小説であるということを理解し、どんなオチとともにプロジェクトが終焉を迎えるのかという一点に向かって、ある意味安心して読み進めることができるのだ。
ということもあり、著者は読者を飽きさせないよう、いろんな工夫を凝らす。まずは、全体が日記、メール、事情聴取、議事録といった記録のみで構成されていて、語り手や語り口がどんどん変わっていって飽きさせない。
次に人物造形の明快な面白さ。パウロ・コエーリョ作品の登場人物を彷彿とさせるイエメンの族長シャイフ(今回のスポンサーね)から、ボスに褒められたくって仕方がない首相官邸広報担当官まで、類型的なところを揃えたなかで、主役の水産専門家フレッドは学者バカ。その妻、銀行に勤めるメアリはバリバリのキャリア志向(この二人の仲、破綻寸前です)。そしてこの鮭プロジェクトを請け負った企業でまとめ役となる、頭脳明晰・容姿端麗・けなげさも兼ね備えたヒロイン・ハリエット。そうそう中東といえばアルカイダ。その連中はもうどうしようもなくアルカイダそのものだ。
さらにサイドストーリーとしては、人を愛するということにいまさらながら目覚めたフレッドの、ハリエットへの溢れる思いは、もはやロマンス小説の領域。
といったサービス精神に満ちた展開のなかで、特筆すべきはひと際魅力に溢れた人物として描かれるシャイフが繰り出す数々の名言、そしてイエメンの風景やそこに暮らす人々を描く際の、あたたかで穏やかな眼差し。著者ポール・トーディの、人間への信頼と言っていいであろう、この物語の真意をそこに汲み取ることができるのであり、それによって、ほろ苦くもさわやかな余韻が読者にもたらされた。
ただし、プロジェクトを終焉に至らしめるための展開、これが問題。仕込みはふたつあって、ひとつは重要な伏線がこの時点まで回収されていないので、誰もがすでに想定しているはずだ。もうひとつは、このときに突発的に起こるのだが、果たしてこれが相応しいのかというと、どうも疑問だ。物語も鮭のための設備もせっかく営々と築いてきたのに……。んーん、ここまでは☆☆☆☆と思って読んできたが、☆☆☆。
とてもおすすめ | ☆☆☆☆☆ |
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おすすめ | ☆☆☆☆ |
まあまあ | ☆☆☆ |
あまりおすすめできない | ☆☆ |
これは困った | ☆ |