同じ経済ネタでも、真山仁『レッドゾーン』(講談社)は、最先端の経済情報を折り込んだ<ハゲタカ>シリーズの第三弾。
経済がグローバル化し、恐ろしい速度で変化する現代において、経済小説を書くのは難しくなっている。小説は執筆から出版まで時間がかかるため、書いている時は最先端情報でも、出版される時には時代遅れになっている危険もあるからだ。そのことを自覚している著者は、おそらく雑誌掲載から単行本化までに大幅に手を入れたのだろう。本書には、サブプライムローン問題から始まるアメリカ経済界の動揺、ビック3が既得権益を守ろうとする経営者と労働組合に食い物にされている実態、中国やアラブ諸国が相次いで設立した国家ファンドの暗躍といった先端情報がきっちりと盛り込まれている。二〇〇七年夏から二〇〇八年秋までが舞台なので、リーマンショックから始まる“百年に一度の不況”は描かれていないが、なぜそのような状況に陥ったのか、その遠因は丹念に掘り下げられているので、本書を読めば現代の経済状況が概観できることは間違いない。
今回、鷲津政彦が戦うのは、日本最大の自動車メーカー・アカマに買収を仕掛けた中国の国家ファンド。グローバルスタンダードなどは所詮アメリカが決めたルールに過ぎず、それに拘泥されない“赤い資本主義”=中国の国家ファンドは、常識では考えられない方法で攻撃を仕掛け、百戦錬磨の鷲津も苦戦を強いられる。一方、鷲津のライバル芝野健夫は、総合家電メーカー曙電機のCEOを辞め、カリスマ的な社長を亡くし存亡の危機に立たされている大阪の町工場マジテックの取締役に就任、再生に向けた一歩を踏み出していた。
このように物語は、株式争奪戦による大企業の経営権をめぐる争いと、地道な物作りで再生しようとする町工場を対比させながら進んでいく(やがて二つのパートは思わぬ形で収斂するのだが、どのように結びつくかは実際に読んでからのお楽しみ)。
これが凡庸な作家なら、カジノ的な金融資本主義を批判し、地道な物作りを礼賛するのだろうが、本書はそんな単純な対立の図式を使ってはいない。アメリカの金融資本主を批判する一方で、町工場が直面している問題点も浮かび上がらせているのだ。勧善懲悪でないところは中国の評価も動揺で、中国脅威論を一蹴すると同時に、巨大工場であり巨大市場でもある中国を取りこめば夢のような未来が開けるとの甘言にも手厳しい一撃を加えている。マスコミが盛んに喧伝している“定説”を覆しつつ、あるべき資本主義の姿を提示していくので、特にビジネスマンには有益な情報も多いのではないだろうか。
今回は鷲津が攻めるのではなく、守りに徹するので出ずっぱりの割りに活躍の場が少なく、反撃に出てからも市場で暴れ回るというよりも、個人的な人脈を使って調停に走ることも多いので、こじんまりした印象は拭えず☆☆☆☆。ただ、アランの死の真相や記憶を失った美麗の正体など、前作を読んでいなければ意味不明のエピソードも多いので、映画化もされるし、その前に原作を読んでおこうといった一見さんには☆☆☆。
とてもおすすめ | ☆☆☆☆☆ |
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おすすめ | ☆☆☆☆ |
まあまあ | ☆☆☆ |
あまりおすすめできない | ☆☆ |
これは困った | ☆ |