今月のお薦めは吉村萬壱『ヤイトスエッド』である。新刊はいつ以来になるんだ。前作は『バースト・ゾーン』(ハヤカワ文庫)だから四年ぶりか。その間の渇を癒してくれるような大傑作である。冒頭の「イナセ一戸建て」からして素晴らしく、作家志望ながら何も書けないためとりあえず今は公務員試験合格を目指しているという男が、近所に越してきたマイナー作家坂下宙ぅ吉に執着し、ついにはその留守宅に忍びこむ、というお話だ。坂下の「四十代になって毒のある私小説風の作品『三つ編み腋毛』でデビューし、今は確か四十代半ばのはずだがまだ二冊しか本を出していない。癖のある作風と寡作のため、余程の文学マニアでなければ記憶していない無名作家」というどこかで聞いたようなプロフィールなのがまず笑えるし、主人公が坂下家に侵入した後の問題行動がまたひどい。妄執というのはこういうものですよ、というのを形にしたような作品集だ。妄執、妄念、妄想。言い方はなんでもいいが、とにかく「妄り」なのである。「いい話」に対する色目がまったくないところが実にすがすがしく、心ある読者の感動を誘うに違いない。ちなみに主人公がやたらと自慰に耽るあたりの感じは、筒井康隆を思わせる。
続く「B39」は工女に手をつけるのを生きがいにしている工場管理者の男が主人公で(山野一かよ)延々と女体に対するこだわりが語られる。それが昂じ、ついに彼はホモサウナに出かけ、我が身をじろじろと観察されるのを楽しむようになるのである。もう常人には理解できない水域だ。「B39-II」は、同じ話を女性の側から書いていて、男の腰振りダンスを女がとんでもない妄想で受け止めていたというのが判る。さんざん笑わせておいて最後は、ジム・トンプスンを思わせる戦慄の落ちで読者を迎撃しようとするから、まったくもって油断のならない書き手なのである。
表題作は、罪を犯した女に「ヤイトスエッド!」、つまりお灸を据える都市伝説上の怪人が登場するお話だ。二〇〇八年度の私の脳内流行語大賞は飴村行『粘膜人間』(角川ホラー文庫)における「グッチャネ」であったが、今年は「ヤイトスエッド!」になる予感がひしひしとする。悪い事するとヤイトスエッド! この本読まないとヤイトスエッド! とにかくなんでもヤイトスエッド! 当然ながら☆☆☆☆☆。ヤイトスエッド!
とてもおすすめ | ☆☆☆☆☆ |
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これは困った | ☆ |