堀井憲一郎は、一年にとんでもない回数の落語会に行く。
四百回だっけな、五百回だっけな。今原文を確かめようと思ったのだが、見かけたはずの元の文章がどこに行ってしまったか、わからなくなった。諦めることにする。とにかく一年三百六十五日では追いつかない回数だったと記憶している。
そんな人間はどういう毎日を送っているのか。
読者のそうした関心を満足させてくれるのが、エッセイ集『青い空、白い雲、しゅーっという落語』だ(この題名の元ねたが春風亭昇太「ストレスの海」であることに気づいても、別にえらくはない)。二〇〇六年八月から二〇〇八年五月まで「ぴあ関西版」で続けていた連載を元にしているのだが、関西の落語家の話は余り出てこない。堀井が東京の住人なのだから当たり前だ。編集部も堀井に、関西落語界の今、をルポルタージュしてもらいたいとはまったく思っていなかったのだろう。これが「あの落語ばっかり見てる男か」(by柳家喜多八)、そういう男なのか、という好奇心を満足させるために連載の依頼を行ったのに違いない。そうなのである、これが落語ばっかり見ている人です。
毎日行っていると、「落語会」という言葉からは予想しないような出来事に遭遇することがある。堀井はそれを書いている。
たとえば世の中には、お客さんが四人で演者が一人、という独演会が開かれることがある。そんながらがらに空いている会場なのに、お客さんは真ん中の一番前には座ることができない。後ろに演者が設置したビデオカメラがあり、撮影の邪魔になるからだ。正客はカメラ。あとはおまけ。不思議な落語会である。
席が自由に動かせる落語会もある。おしゃれなビルのロビーを借りてやっている会で、普通のパイプ椅子ではないため、ちょっと動かして高座が見やすい位置に移動することができるのだ。大昔行った上野本牧亭は畳に座布団の寄席で、どこに座ろうが自由だった。常連のおやじたちが壁際にいて真ん中ががらんとしていた会もあり、あれは演者にとってはたぶんやりにくい雰囲気だったはずだが、それをちょっと思い出した。椅子が自由に動かせるからといって、椅子取りゲームをしてはいけない。二つ寄せてカップル用のラブチェアにしてみるとか。高座の上で気が散るからね。
はたまた、泥酔客を落語家が叱る場面に遭遇することもある。場所は東京の寄席の極北・池袋演芸場だ。まばらな客席でそうした光景を目撃するというのはおおよそ奇跡のような出来事だろう。毎日(まいンちと読んでいただきたい)、落語会に足を運んでいるからだ。この本には巻末に落語家のインタビューが十本載っているのだが、その客を叱った落語家である入船亭扇辰も登場し、「ああいう現場にいたってほうがすごいですよ」と、堀井に感心している。
ちなみにインタビューの他の九人は登場順に、立川談春、柳家喬太郎、立川志らく、柳家三三、三遊亭白鳥、林家正蔵、柳家喜多八、春風亭昇太、立川志の輔である。「あのね、ギャラが野菜って仕事があった。野菜の現物支給。野菜寄席。車賃が五千円出て、ギャラは野菜だけっての」(正蔵)とか、そういう話をみんなしている。負けず嫌いの昇太は「えー、もうちょっとおもしろいこと言ったほうがいいすか。大丈夫すか。ほかの人がおもしろいこと言ってたら悔しいもん。へへ」なんて言っている。本当に負けず嫌いだ。
だいたい内容はこんな感じである。付け加えることはあまりない。読むと堀井憲一郎という人に感心するはずである。以上。落語について深い知識を得たいとか、そういう薀蓄好きな人のための本ではない。堀井自身、落語の本ではなく、これは一般書であると言明していて、「落語の本」は本書以降にきちんと書く、と断言している。その言葉のとおり、二〇〇九年に『落語論』(講談社現代新書)が出た。これもおもしろい。
ものを書いて生計を立てている人は、本書を「そのジャンルについて言及する人が、どのような日々を過ごすべきか」という指針として読むべきではないか、と私は思う。「◯◯を愛していない人間がジャンルについて発言するなんて」と憤慨する人がよくいるが、「◯◯愛」なんて曖昧な言葉で言うからいけないのだと思う。そうではなく、どのようにジャンルと向き合っている人に発言が許されるか、ということが大事なのである。「私は◯◯を愛してるんだ!」なんて力説する人、みなさんも信じないでしょ。私は信じない。堀井のように、あんたが「落語ばっかり見てる男か」と言われた人間が落語について語るときに、初めてそれを信じられるのだ。大事なことである。
そんなわけでどっぷり漬かってみろ、という話でした。おしまい。