小説家の吉村昭は、作家活動の初期に四度芥川賞候補になっている。三度目のときは、受賞の報を聞き文藝春秋まで駆けつけたところで、委員の一人によって結果が覆されたことを知らされた。四回すべて落選である。職を辞してまで執筆に集中していたのに運命は残酷だった。当時新潮社の編集者だった江國滋は、困窮していた吉村に、月十万円で「週刊新潮」に実話を元にした読物を書かないか打診したという。だが彼は申し出を固辞した。
結局吉村は、次兄の会社に就職することを選択する。「家族の生活をかえりみず小説を書くなどという、甘えた考え方は最も唾棄すべきで、そのような生き方からは勁い文学が生まれるはずはない」と考えたからだ。だが、働きながら執筆を続けるという決意は、日々の暮らしの中で揺らいでいった。ある日吉村は、「このようにして、文学からはなれていった人が数えきれぬほどいるのだろう、自分も同じ道をたどっている」と考え、慄然とする。
『私の文学漂流』(ちくま文庫)は吉村昭による自らの半生記である。終章は昭和四十一年に戦記小説『戦艦武蔵』(新潮文庫)で吉村は太宰賞を受賞し、作家としての第一歩を踏み出すところで終わっている。作家の修業時代を描いた作品として興味深いが、文学にさほどの興味がない人も本書には引きつけられるのではないか。なぜならば本書は、「夢と金との残酷な交換」を描いたものだからである。一人の世界は小さいし、可能性は限られた分量しかないが、誰もが精一杯の努力をして理想をかなえようとする。しかし現実という非情な官吏は、その人の残された可能性を残酷に取り立てるのだ。やがて「夢」の代わりに「金」を手にすることに汲々としている自分を発見し、愕然とする日がやってくる。
朝倉かすみ『ロコモーション』(光文社)もまた、その「夢と金との残酷な交換」を描いた小説だ。ロコモーション=移動運動とは、主人公・首藤アカリがつつましく望んだ夢、南の島へのバケーションのことを指している。エステの受付で働くアカリは、同じような夢を口にする男・飛沢と出会い、無職の彼を自分の収入で養うようになるのである。不愉快な出来事によってエステの仕事を失ったアカリだが、飛沢と別れようとはしなかった。
アカリは、いわゆる男好きのする体を持って生れてしまった女性だ。幼少時から性的な視線を向け続けられてきた彼女には、男たちに関心を持たれることは自分の尊厳を収奪されることに等しかった。だからこそ彼女は、飛沢との出会いを本来の自分を回復する機会としてとらえたのである。だが、自らが稼ぐ金で夢を引き寄せようとするアカネと、そのアカネの身体を換金することだけを考える飛沢の間には乗り越えられない思惑の違いがある。両者の関係は、女性の持つ価値を男性が商品化し、搾取してきた、過去の歴史のパロディなのだ。『ロコモーション』は、そのいびつさを読者に見せつける小説である。
金と交換できない夢を追求した作家の記録『私の文学漂流』と、自身の夢を他人に金と交換されてしまった主人公の『ロコモーション』。ありようは違うが、金が人生を支配する唯一無二の価値であることを示した点は共通している。そこで注目したいのが、落語家・快楽亭ブラックの実話ルポルタージュ『借金2000万円返済記』(ブックマン社)だ。
賭博が原因で二千万円もの借金を作った著者は、信用を失い、仕事も家族もすべて失ってしまう。だが絶望して死を意識した瞬間、彼は落語という芸に開眼するのだ。落語に登場する、絶望してもへこたれず、しぶとく生き延びる人間たちと自分が同化するのを感じたのである。「道に迷って真っ暗な道を歩んできたが、この道は名人への近道だったんじゃあないか」と著者は言う。金に人生を縛られていた人間が束縛をバネとして反撃に出た瞬間だ。金から自由になれない自分を認めることで、彼はしたたかになったのである。
(付記)
上は、豊﨑由美氏が主催する書評講座「書評の愉悦」にゲストとしてお招きいただいた際に書いたものだ。複数のお題から書評原稿を書いてくるというシステムになっていて、私が選んだのは「「金」をテーマとする三冊」だった。「書評の愉悦」では発表する媒体まで想定して原稿を書くことになっていて、私が選んだのは「日本経済新聞文化欄」だった。
その書評講座のときにも発言したが、こうした三冊書評を書く場合に気をつけなければならないのは、無理に三題噺にくっつけようとして、ぎくしゃくした原稿を書いてしまうことだと思う。また、自分がなぜそのテーマで原稿を書いたのか、という前置きと結論部分に字数を割きすぎて、肝心の本の紹介がおろそかになってしまわないように、気をつける必要がある。三冊について書く、という形にとらわれず、対象となる本の魅力を文章にすることに専心しなければならない。その点では、他の書評とまったく同じである。
ブックジャパンでは、こうした「共通項のある書評」も募集してみようと思う。ご紹介した私の原稿は、理想的とはいえないが、それほど間違えたことはしていないものだと自負している。こんな感じで書いてみてもらいたい。他の書評と違って、この原稿には字数制限を設ける。上限は1600字だ。制限があることを逆に利用するような、書き手のしたたかさを期待したい。最初のテーマは「群衆の中の孤独」とする。