年に数度、日本のどこかで混沌の扉が開く時がある。
規模や期間はさまざまだが、その時その場所では、宇宙開発やロボット工学、クローンや量子論等に関する真面目なシンポジウムが行われているとなりで、部屋ぎっしりのええ年こいた野郎ども(※女性もいる、念のため)がサバトよろしく『ハレ晴れユカイ』を踊り狂い、ロビーでは流しのギター弾きを囲んだ人垣が『愛國戦隊大日本』をがなり立て(最近の若いのはコルホーズなんて言葉習わないんだろうなあ)、科特隊のオレンジの制服をぴしっと着こなしたハヤタとフジアキコ隊員が、口のジッパーからかわいい子供の顔をのぞかせたちっちゃなカネゴンを連れて、仲良くそぞろ歩いている。
大広間では自主制作映画や、MADと呼ばれるアニメや特撮の画面と音声をつなぎ合わせたパロディ映像がエンドレスで上映され、Z級を通り越した日本未公開のバカ映画に爆笑ツッコミを入れつつみんなで飲んだくれ、古今東西の伝説のバカゲークソゲーを延々プレイする部屋や、その年の戦隊とライダーを科学的かつ包括的に愛情こめて考察する部屋があり(マンガ家長谷川裕一氏によるこの企画は毎年大人気である。書籍化もされている。ぜひご一読を)、はたまた現在は「と学会」として有名なトンデモ本大賞も、もとはといえばこのSF大会の名物企画である。
またアーサー王伝説に関する学求的パネルが翻訳家や研究者をまじえて行われるかと思えば、ボーイズラブとフェミニズムSFに関する真剣な討議が行われもする。SF作家志望の人向けのワークショップや、作家を囲むお茶会やサイン会もむろん行われる。
そして夜ともなれば深夜テンションでカオスは最高潮となり、ホールではガンダムとコンバトラーVとセーラームーンとプリキュアが花いちもんめをし、飲み会部屋では泥酔した沈没者がマグロのごとく散乱し、理系カフェでは白衣とメガネに身を固めた本物の理系ボーイズが白衣メガネ萌え女性たちにかしずき、また会場の外では手をつないでベントラーベントラーと唱え出す一団がおり、どさくさまぎれにいあ! はすたー ふんぐるい むぐるうなふと詠唱し出す奴もおり(いったい星辰の彼方からナニを召喚するつもりなのだ)、はたまた少し離れた場所ではロケット工学研究会がペットボトルロケットを乱射し、そのまた反対側では雨ガッパとゴーグルとマスクと手袋で厳重に装備を固めた一団が、世界一臭い缶詰シュールストレミングの試食会を開いていたりする。シュールストレミングのどこらへんがSFなのかと言われるかもしれないが、未知なるものに対する果敢な探求心こそがSFの神髄であるので、これはこれで良いのである。……えっと、まあ一応そういうことにしといてください(←声が小さい)。
このえすえふ魔界を総称して、SFコンベンションという。日本各地でいくつかのコンベンションが、ファン有志によって毎年催されているが、その中でも最大のものは毎年持ち回りで行われる『日本SF大会』である。第49回の今年は東京で行われ、また2007年にはTOKYOワールドコンとして、世界中のSFファンが東京に集まった。コンベンションは総じて開催地の地名あるいは愛称を頭につけて「○○コン」と呼ばれる。東京なら「TOCON」、大阪なら「DAICON」という風に。
行ったことのない人にはおそらく想像の埒外の世界であろうと思うが、まあだいたい、コミケこと日本最大の同人誌即売会コミックマーケット──かなり最近はオープンにかつライトになってきたが──の底にたまったさらに濃ゆい澱をすくい取り、プラズマと反物質と荷電粒子で三日三晩煮つめたようなものだと思ってもらえばよろしい。
そう言われてもコミケだって知らないよ、という方は、良く訓練された精鋭コミケ参加者が、新兵、もといコミケ初心者の「東ホールから西ホールへ行こうと思ったら通路に人ぎゅう詰めで一時間もかかって死にそうになった」という泣き言を、「ふーん一時間? じゃあ早いほうだね良かったね。でもまあ開場時間中に東西移動しようとする方が無謀だと思うけど」と軽くあしらわれるところを想像してもらいたい。(※ちなみに普通は五、六分で移動できる距離である)まあそういうアレでナニな狂乱を、人数はそれほど多くない分、濃さは三倍、マニアックな方向には十倍に、煮つめたものがSFコンベンションというものであると、だいたいそういう感じである。
さて、前置きが長くなった。普通に『こみけ』や『えすえふ』などというものに無縁な善良な方々はすでに唖然としておられると思うが、その唖然とした状態のまま『えすえふ』魔界のど真ん中に放りこまれてしまった、かわいそうな実直な新米SF作家が主人公のミステリが、この『暗黒太陽の浮気娘』である。
工学博士のジェイ・オーウェン・メガは、ふと思いついたアイデアをSF小説に仕上げ、それは無事出版社から刊行された。ただし、『暗黒太陽の浮気娘』などというとんでもないタイトルと、「ボディビルをやっているような女が毛皮のビキニを着て、コンピュータ・ターミナルの前に腹ばいになり、白衣を着てクリップボードを手に持った男の足にしがみついている」(訳者あとがきによれば、このイラストは原書の表紙にもそのまま使われているらしい)すさまじい表紙をつけられて。内容はごくごく真面目な、工学的かつ科学的かつフェミニズム的にも正しいハードSFなのに、どういうことだ!
それでさえ泣きたいくらいなのに、恋人のマリオンは著書アピールのためだと称して、SFファンの集い〈ルビコン〉にゲスト作家として参加すべきだと彼を説得する。『暗黒太陽の浮気娘』などという本の著者だと学生に知られたら死んだ方がましだというのに。
だがマリオンの言い分にも一理ある。とぼとぼと会場のホテルに出向いたメガ博士、現在は新進SF作家ジェイ・オメガは、到着早々にいきなり「無人の受付を再三見たのち、緑の海賊とロボットと巨大な昆虫のうち、誰に助けを求めるか心を決めようと」する羽目に陥る。だがこんなことは序の口。まっとうな常識人であるメガ博士ことジェイ・オメガは、ホテルにあふれるSFファンどもの理解しがたい生態になんとか対応しようと苦闘する。これがとんでもなくおかしい。ことに『こっち』ではなく『アッチ』の住人である私などからすると「あるあ……あるあるあるあるwwww」だらけで死にそうだ。
ところで他にも重要な作家がゲストとして招かれていた。大ベストセラーの剣と魔法のファンタジー、〈ルーンの風のトラティン〉の作者、アッピン・ダンギャノン。
だがまたこいつが実に殺したくなるほどイヤな野郎で、他人を困らせるためだけに無理な要求やわがままやいやがらせをくり返し、ファンに罵詈雑言を吐き散らし、トラティンの仮装をしてきたファンに椅子まで投げつける始末。そしてやはりと言うべきか、この男はホテルの自室で、射殺死体となって発見される。
犯人は誰か? しかし、呼ばれた警察のアイハン警部補が直面する壁はいろんな意味で厚い。だいたい、事件の聞き込みで「廊下をダンギャノンの部屋の方へ歩いてく途中で、帝国軍のストームトルーパー二人とすれ違いましたし、部屋を出たときにはドラキュラとぶつかりました」と真顔で返事されたら、「この事件(やま)ときたら、まったくこたえられん!」と呻くしかないではないか?
まあそんなこんなで結局は主人公メガ博士が犯人を指摘する運びになるわけだが、その手段というのがD&Dことダンジョンズ・アンド・ドラゴンズ、テーブルトークRPGの古典であり、王道のロールプレイング・ゲームである。ダンジョンマスター、DMと呼ばれるゲームマスターが前もって作っておいたシナリオに従い、集まった参加者がおのおのの造りあげたキャラクターを演じることによって冒険を進めていく、現在のような家庭用ゲーム機のRPGが全盛になる前の、ロールプレイング・ゲームの源流にして、本流である。いわゆるあれだ、ハムレットにおける「芝居にまさるものはない、必ず王の腹の底を明かしてやろう」方式である。
そして明らかになる犯人とその動機もまた、ちょっとまっとうな人々には理解しづらいかもしれない。しかし、たとえばシャーロック・ホームズが一度ライヘンバッハの滝で最期をとげながら、ファンの要望に従って復活した(せざるを得なかった)こと、アガサ・クリスティの大ファンで、全作を何度も読み返していながら『カーテン』だけは一生読まないと心に誓っている人、まあ手っとり早くいえばスティーヴン・キングの『ミザリー』的心情、など考えればだいたい理解できると思う。
ここまで言うとほぼネタバレしているも同然なのだが、まあ、この話の場合はかまうまい。SFファンというけったいな生き物の生態をのぞけるだけで十分おつりが来る。しかしこれにアメリカ探偵作家クラブ賞を与えるって、太っ腹だなあアメリカの人。
いやあ、それにしても濃いオタクというものはどこも同じなのだなあと妙な感慨さえ浮かぶ。だって私、この〈ルビコン〉参加したことあるような気するんだもん。スタートレックが銀英伝に、スターウォーズがヤマトやガンダムに、エルフやストームトルーパーが初音ミクやショッカー戦闘員に変わるだけで。あのええ年こいた大人の度外れ文化祭、お祭り騒ぎの浮世離れした楽しさは、なかなか表現しづらいものがある。
まあそんなわけで記念すべき2011年度第50回日本SF大会in静岡、通称「ドンブラコン」は現在、鋭意参加者募集中である。興味のある方は検索の上よろしく参加登録を。大丈夫えすえふはコワクナイデスヨーうひひひひひひひひ(゚∀。)