仕事を失い、50歳にもなるのに派遣会社に登録するしかなく、妻に離縁され、宝物のように大切にしてきたデパートへの思い出を、唯一の生き甲斐である一人娘に「ダサい」と断じられ、行くあても生きる気力もうしなった加治川英人は、死に場所を探してデパートの中をさまよっている。
出世した同僚から見せしめのように「ちゃん」づけで呼ばれ、身も心も尽くした上司にも捨てられ、自分の仕事をすら信じられなくなり、半ば捨て鉢な気持ちで、退職金と手切れ金がわりに宝飾品をせしめようと計画するデパート従業員の山添真穂は、防犯カメラに映らないように周到な準備をして店内に潜んでいる。
逮捕された汚職政治家の息子で自暴自棄になった家出中の高校生のコージと、名前を偽っている、その恋人・ユカが、東京で華々しい悪さをしてパトカーで故郷に凱旋しようと企んで立入禁止の扉を開けば、密かに潜行していた業界トップとの合併話のために祭りあげられた経営不振の老舗デパートの四代目の御曹司社長・矢野純太郎は巡回時に拾った拾得物が気になって店内に舞い戻り、ヤクザと警察から追われて逃げ場がない元警官のアウトロー・塚原仁士はヤクザに斬りつけられた傷の手当てのためにデパートの中に逃げ込んでくる。
彼らを迎えるのは、デパートの生き字引と慕われる警備員の半田良作と、その部下で恋人にも話せない過去がある男、赤羽信。
一癖も二癖もある登場人物たちが、ド派手な贈収賄事件にゆれる老舗デパート・鈴膳百貨店に蝟集し、創業百年祭に沸く豪華絢爛たるデパートに息をひそめて、閉店するのを今か今かと待ちわびている。一人一人の物語に偶然が折り重なって、普段なら物音一つしない深夜のデパートが騒然としはじめる。
「負け組」が一発逆転を狙うような、簡単なエンターテイメントではない。
彼らに共通しているのは、暗澹たる展望、つまり絶望である。彼らが歩こうとしている道の先には、未来がない。それは、「一致団結。売上増進。社員一丸。一千百名、火の玉となれ。」と「まるで敗北を認めずに転進と言い張った旧日本軍のようなスローガン」をかかげるデパートの未来にも重なっている。
デパートは量販店とは違い、単に商品を提供する場所ではない。夢があった。数え切れないほどの洋服がならび、地下には見たこともないお菓子やケーキがあふれ、屋上には熱帯魚や動物がいて、小銭をいれると動く粗末な乗り物に、怪獣ショーをやるような舞台もある。
買い物がアドベンチャーだとすれば、デパートは宝島である。お客はおのおのの地図を片手に、巨大な建物のなかを冒険する。手の届かない高級品から子供のおもちゃまで、ひとつひとつの商品の先には、たとえ買うことはできなくても、眺めているだけでも楽しめるような世界があった。自殺志願者の加治川は、母親に手をひかれて、革製のランドセルを買ってもらってから、デパートに夢をみた。その加治川が、
「死ぬ気になって頑張れば、どうにだって道は拓ける。そんなのは、古き良き時代の迷信だよね。だって今は、いくら死ぬ気になったって、頑張る場所さえろくにない時代だからね」
とつぶやくとき、味気ない管理施設に囲まれた、景色を楽しめないデパートの屋上が目の前にある。まるで、今は地に落ちてしまった懐かしい夢の中へ飛び込むための踏切板のように、地上30メートルはあろうかという奈落の路上をただひとり眺めている。
「多くの客は、夢ある暮らしを家族そろって見つめたいと思うのではなく、安売りという現実を追い求めて汲々としている。昔は誰もが夢を持てる時代だったからこそ、デパートは人々を引きつけた。でも今は夢なんか、どこにもない。
これが現実なんだ。」
でも本当にそうなのか?
たった一人の男に捨てられただけで、人生を投げ出すような犯罪に手をそめてしまった山添と、自身の犯した罪を許せず半ば罰として体形がかわるまで過食を続ける警備員の赤羽。人生のなにもかもをあきらめて投げ出そうとする加治川と、「もっと迷惑かけなきゃもったいないじゃん」と、わざと警察沙汰を起そうとするコージ。「このデパートは、わたしの人生そのものなんだ」とデパートを守ろうとする矢野に、デパートの贈収賄事件の鍵をにぎる塚原。
まるで劇場の開演ブザーのように、深夜のデパートに非常ベルが鳴り渡り、警備員がドタバタと駆け巡れば、本物のトカレフがカラカラとフロアの上を転がっていく。手を差し出すものがいれば、振り払うものがいる。逃げるものがいれば、追いかけるものがいる。閉店後も執拗にかかってくるクレームの電話。職場から姿を消す警備員。一見、何の関りもないように見える一つ一つの小さな物語が、読みすすめるにしたがって、濁流にのみこまれていくようなスピードでガチャリガチャリとモンタージュされていく。
深夜のデパートを舞台に繰り広げられる、デパートが人と人とを結びつける奇跡のような一夜の物語。