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ライフ・ゴーズ・オン

単純なノワール、青春小説ではない、
読者に解釈を要求する小説

東山彰良
双葉社小説] 国内
2009.12  版型:B6
>>書籍情報のページへ
レビュワー/酒井貞道

主人公・遠藤雅治は負傷し、病院のICUで死にかけている。彼はその中にあって一種の臨死体験を起こし、治療に当たる医師や看護師、治療室の外で待つ家族たちを空中から冷静に見つつ、彼はミスター・ソンブレロ(死神か?)と共に、自分の人生を振り返る……。

本書の帯には「青春ノワール小説」という言葉が躍る。そう言われると、爆走する性と暴力と犯罪に彩られたやけっぱちな青春というイメージが先に立つ。しかし『ライフ・ゴーズ・オン』には、それと思わせる要素は出て来るが、何かが決定的に違う。

遠藤家は、格差社会の中ではかなり下方に位置する。父は前科持ちで粗暴、仕事先でもトラブルを起こしては辞めるのを繰り返す。母は常にニコニコしているが、あまりにもおっとりしていて、子供たちにとっても本音がまるでつかめない不気味さがある。そして時々ぷいっと家出する。兄の雅義は、意外にも音楽の才能があるものの、未成年の時点で煙草どころか薬にも手を出す不良である。妹の由佳は、物語前半の小さい頃は素直な娘であったが、成長するにつれて粗野な言動が目立つようになり、とうとうミドルティーンの時に妊娠出産してしまう。

違う場所に住んでいる祖母(父の母)はがさつな女性で、二人の息子につらく当たるうえ、雅治たちの母のことを何故か淫売呼ばわりしている(祖母によると、由佳の誕生日の計算が合わないらしい)。この祖母と同居している、ちょっと押しが弱い昭二おじさんは、一族唯一の良心であるかも知れない。雅治に音楽を教えるのは昭二おじさんであるし、ストーリーのある節目で相談にも乗ってくれる、いい奴なのだ。
そしてここに、雅義や雅治の、次第に非行に走り始める友人たちと、雅治の恋人である茜や、後に奇縁を結ぶことになる濱田桃子が絡んで来る。

主人公の雅治は、彼らに比べると(本人が言うように)自分の感情をあまり剥き出しにしないし、突飛な行動にも走らない。ただし、澱のように溜まった負の感情、あるいは隠された破滅願望のようなものが、彼の一人称を通してはっきり見て取れる。
たとえば、茜という恋人に対して抱く、雅治の想いである。彼らは小学生の頃、流されるようにして付き合い始めた。茜は雅治に純な想いを抱いているのだが、雅治はそんな彼女のことを鬱陶しいと思っている。そもそもファーストキスからして、扱いが酷い。茜にキスしてから脱兎の如くその場から走り去る雅治は、「走りながら口をぬぐい、唾をぺっぺっと吐」くのである。しかもキスの最中、雅治は妹の由佳を思い浮かべているのだ。

キスでこれだから、初めてのセックスも茜にとってかなり酷いものになるのは容易に想像できる。実際酷い。「初めて」だったのでしゃくり上げている茜に「私のこと、好き?」と尋ねられて、雅治は何とここで「ふつう」と一言返すのみなのである。これを聞いて茜はまた泣く。当たり前である。しかもその涙を見ながら、雅治は「僕は彼女の鼻水を見た。恋をすると何も見えなくなるというから、これは恋なんかじゃないのだろう」と思っているのである。いくら「青春ノワール小説」であっても、ここまで酷い睦言はなかなかないだろう。
では何故彼らが付き合い続けているのかだが、単なる惰性としか言いようがない。「付き合っているうちに情が移った」というよくあるパターンでないのは、後半になって再登場する桃子とのエピソードからも明らかで、評者は、茜に対してご愁傷様という以外の言葉を持たない。

雅治のキャラクターは、実妹の由佳に性的関心を寄せていることで、ノワールっぽい厚みを増している。マズイのは本人も自覚しているが、彼は妹の淫夢を見て、妹の部屋に忍び込んで下着を握りしめる。だが情欲まみれというわけではなく、当てにならない父母がいなくても彼女を守ってやるという男気を見せたり、妹の素行が不良になった後もプレゼントを用意してあげて、それを由佳の方も満更でもなさそうだったりと、普通の兄妹として見て心温まるような場面も頻出する。雅治は由佳を女として見ているのか。妹として見ているのか。その変転にも注意して読んでいただきたい。

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東山彰良
双葉社小説] 国内
2009.12  版型:B6
価格:1,680円(税込)
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