岩波文庫が古典文学を民衆に浸透させ、ハヤカワSFシリーズがSFファンを育んだように、文芸の発展には有力なレーベルの存在が欠かせない。では国産ミステリの“それ”は何だったか――年季の入ったミステリファンにそう尋ねれば、高い確率で「カッパ・ノベルス」という返事が得られるだろう。長きにわたってベストセラーを輩出し、国産ミステリを人口に膾炙させた〈カッパ・ノベルス〉が、このジャンルの牽引役として多くの功績を残してきたことは誰の目にも明らかなのだ。
まずは歴史のおさらいをしておこう。時は一九四五年――戦争協力者への責任追及に備えるため、講談社の経営陣は“別働隊”として光文社を設立した。同社は一九五四年に〈カッパ・ブックス〉新書を立ち上げ、次々にヒット作を生み出していく。そんな追い風の中、エンタテインメント小説を対象とする〈カッパ・ノベルス〉が創刊されたのは一九五九年。約四百万部を売り上げた小松左京『日本沈没(上下)』、高木彬光や笹沢左保のミステリ、源氏鶏太のサラリーマン小説、梶山季之の企業小説などで躍進を遂げた同レーベルは、赤川次郎、大藪春彦、島田荘司、西村京太郎、森村誠一をはじめとする(多すぎて書き切れない!)作家たちの活躍を通じて、日本を代表するエンタテインメント小説のブランドへと成長したのである。
〈カッパ・ノベルス〉の第一回配本(松本清張『ゼロの焦点』と南條範夫『からみ合い』)は一九五九年十二月に刊行されたが、その半世紀後(二〇〇九年十二月)に上梓された『Anniversary 50』は「五十周年記念作品」として編まれたアンソロジーだ。綾辻行人、有栖川有栖、大沢在昌、島田荘司、田中芳樹、道尾秀介、宮部みゆき、森村誠一、横山秀夫という豪華な執筆陣からも、本書が“特別な一冊”であることは明白だろう。当代屈指の人気作家たちの共演であり、シリーズ作品も含まれるだけに――それぞれのファンの便宜のためにも――ここでは全編をざっと紹介したい。ちなみに収録作は著者名の五十音順に並べられている。
まずは前半。綾辻行人「深泥丘奇談――切断」は〈深泥丘奇談〉シリーズの最新作にして、五十個に切断された死体の謎に挑むキッチュな怪異譚。合理的なミステリを装いつつも、とんでもない真相が仕込まれている野心作だ。 有栖川有栖「雪と金婚式」は臨床犯罪学者・火村英夫が“雪上の足跡”をもとに殺人犯を暴く本格ミステリ。 大沢在昌「五十階で待つ」は“新宿の超大物のボス”を目指す「俺」の体験を綴った軽妙なクライムストーリーである。
続いて中盤。島田荘司「進々堂世界一周 シェフィールド、イギリス」は――数年前からタイトルのみ予告されていた――名探偵・御手洗潔を語り手とする〈進々堂世界一周〉シリーズの開幕編。ミステリ色には乏しいものの、知的障害を持つ英国人学生のサクセスストーリーは“語りの力”を存分に感じさせる。 田中芳樹「古井戸」は十九世紀のロンドンで起きた名士の変死と疑惑の物語。 道尾秀介「夏の光」は小学生が遭遇した写真の謎と心理劇を重ねた(この著者らしい)青春ミステリの佳品といえるだろう。
そして後半。宮部みゆき「博打眼」は風変わりなバケモノを描く江戸怪談だが、子供たちの軽妙な描写はまさに職人芸。 森村誠一「天の配猫」は意外なモノによって殺人犯が判明するトリッキーな一編。 横山秀夫「未来の花」はベテラン検死官の観察眼を軸にしたスマートな警察小説である。
いずれも「50」という“お題”のもとに書かれた新作だが、総じて“お題”の存在感が薄いことは、むしろ自由度の高さの反映と見るべきだろう。人気作家たちが自由に持ち味を発揮することで、本書には現代ミステリの多様性が凝縮されている。いっぽう巻末には十七ページに及ぶ「カッパ・ノベルス リスト」(全一七五〇作)が付されているが、これは国産ミステリ史の濃密なアーカイヴにして、ミステリファンの記憶を喚起するトリガーにほかならない。読者はこのコンパクトな一冊を通じて、国産ミステリの現在と歴史を一度に眺めることができるのだ。