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アダルトビデオ革命史

欲望のありようもまたメディアによって規定される。

藤木TDC
幻冬舎幻冬舎新書サブカルチャー] 国内
2009.05  版型:新書
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レビュワー/大城譲司

本書はアダルトビデオの通史である。実のところ、本書を手にするまでは、AVなるジャンルに、語るべき歴史があるとは、想像すらしていなかった。映画やアニメーションなどの映像表現と同じく、AVにも相応の<歴史>や<構造>がある。それを世に知らしめたという点で(しかも新書というハンディなかたちで)、本書は実にユニークな読みものである。

AVとは、もちろん、ポルノグラフィのことだが、それだけでは漠然としている。著者の藤木TDCは「そもそもAVとは何ぞや?」といった定義づけから始める。いわく、

「日活ロマンポルノはフィルムで撮影され、映画館で公開することを第一の目的に製作された作品だ。これに対し、狭義のAVは基本的にビデオカメラで撮影された映像で、なおかつビデオテープやDVD(最近はこれにインターネットなどでの配信も含めてもいい)の形での販売・レンタルを第一目的にした作品群のことを指す」

あたりまえのことしか述べていない。そんなふうに見えるかもしれない。だがここには、重要なポイントが示されている。藤木は、ビデオ機器の開発および普及があったからこそ、AVというジャンルが誕生したことを、きっちり押さえている。つまり、性感表現の移り変わりだけでなく、それを可能にしたテクノロジーの進展にも目を向けているのだ。

ちなみに藤木は、AV前夜のエピソードとして、ビニ本ブームをもたらしたのも「印刷業界に起こった画期的技術変革(引用者注:カラースキャナーの普及を指す)」だと喝破している。同じく、篠山紀信による「激写」シリーズに関しても、素人モデルを撮影するには、ストロボ撮影ではなく、自然光のコントロールこそが重要だったことを指摘している。映像の世紀における性的欲望とは、我々の内部に存在しているのではない。技術的な手続きを踏まえた表現を通して、事後的に形作られるものなのだ。

そして、写真には写真なりの、映画には映画なりの、AVにはAVなりの技術的制約と可能性があり、それを起点として、それぞれのジャンルは豊かな表現を獲得していく。たとえば、90年代以降、広く活用されることになる「ハメ撮り」という手法。これは「ビデオカメラの小型軽量化と連続録画時間延長」によって生み出されたものだ。ここでAVは「カメラマンによる三人称視点から、男優(兼カメラマン)の一人称視点の映像へシフト」している。

AV史のエポックが、村西とおる監督、黒木香主演の『SMっぽいの好き』(1986年)である。当時、一般誌でも大きく取り上げられたから、40代以上の男性諸氏であれば、ご記憶の方も多いだろう。この掟破りの傑作を主軸に据え、藤木は「本番AVの時代」を、こんなふうに総括してみせる。

「この時代のAVシーンは、一方で芸能界のアイドルに匹敵するレベルの美少女が多数デビューし、疑似本番でナイーブな性交を演じ続けていた。その一方、淫乱女優たちはハードコアをこなしながらも、撮影現場と時代の要請から過剰なパフォーマンスで性感を表現した。それは村西とおると黒木香の奇跡的成果を母体にしつつ、連鎖反応的に異形性を膨張させ、豊丸の身体表現までたどり着いた。彼女たちの演技は演出者の造形ではなく、多くの部分、女優の自発的表現に拠っている。これはAVの自主映画的製作環境が作りだした新しい演技の形ではなかったろうか」

冗談半分で言うなら、村西とおる=ゴダール、黒木香=アンナ・カリーナ、『SMっぽいの好き』=『勝手にしやがれ』といったところだろうか。実際、90年代に入ると、村西のような監督が開拓したハチャメチャなノリの作品を遠因とする「先鋭的ドキュメント」も生まれる。カンパニー松尾や、バクシーシ山下、あるいは、平野勝之といった、当時、20代の若手監督らの作品だ(悪ふざけついでに言うと、村西=ゴダール説を採るならば、彼らは松竹ヌーヴェルヴァーグか)。

本書は、先行資料を十二分に活用しつつ、独自の観点から、ジャンル論、作家論、女優論、撮影論、流通論……等々、多彩な切り口で、AVなる領域の総体を語っている。学生時代、藤木はピンク映画に傾倒していたというが、そうした蓄積があったからこそ、AV特有の「自主映画と自動記録の奇跡的な合体」を目撃することができたのであり、さらに、村西とおるの登場を「ドラスティックな変革」と位置づけることができたのだ。新書というコンパクトなスタイルではあるものの、第一級の資料として参照されるべき、優れた仕事である。

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