萩原健太。この人のやる音楽番組の司会やDJが抜群に面白い、その理由が、この本を読んでわかったような気がする。つまりこの人は、猛烈に音楽(わけてもロック)が好きな人なのだ。
音楽評論家なんだもん当然じゃん、というなかれ。長年生業(なりわい)としながら、なおかつ倦まず飽かず、なおそのことを大好きでい続けられる人のことを、天才というのですから。
<はじめに>からして、すでにいい。
「ぼくは本書で取り上げたギタリストたちに今もなおぞっこんなのだ。数十年間、まったく飽きることなく、深く愛し続けてきた。彼らが何十年も前に音盤に刻み込んだプレイを、ぼくはこの21世紀、疑いなく現役の音楽として楽しみ続けている」
いいなあ。そして、うまいなあ。「音盤に刻み込んだプレイ」だもんなあ。
本書では、著者が青春時代を過ごした60年代から70年代にかけて(そして、いまなお)世界に名を馳せた23人のロック・ギタリストと、そのギター、その名曲、その演奏の話がとりあげられていく。
巻頭はまずジミ・ヘンだ。
「ギターという楽器に付きもののあらゆる隙を、すべて腕ずくで可能性へと転換し、全開にしてみせた最大の功労者だ」
こんなふうに、たったの2行でわかりやすくジミ・ヘンを解説されたことは、これまでなかったように思う。ジミ・ヘンのもっている大切なファクターが、ヌケなく押さえられている。
音楽評論の世界にはときどき文章の達人がいるが、この人がまさにそれだと思う。ひとことで、そのギタリストの本質を表現してみせる。
ジミー・ペイジなら、
「レッド・ツェッペリンという唯一無二のバンドを率いて暴れまくっていた若き日の彼は、その卓越したリフ作りの才能と、一種神がかり的な勢いと、身勝手なスピード感と。この点で他のギタリストを完璧に圧倒していた。もちろんクラプトン、ベックをも、だ」
大御所B.B.キングのことは、
「ギターを弾くすべての人がB.B.のギターを一度はコピーしてみるべきだとぼくは思う。心から願う。迷ったときは特に、だ。くどいようだけれど、迷ったときは原点へ。これが人生の鉄則なのだから」
全編、こんな名調子と細々としたエピソードで、なつかしのギタリストたちへのオマージュが綴られていく。たとえば──。
70年代初頭、ナッシュビルのギター店で、そのころ誰も見向きもしなかったヴィンテージ・ストラトを1本100ドル程度で5本買ったエリック・クラプトンは、その1本をジョージ・ハリスンに、もう1本をスティーブ・ウィンウッドにあげて、残った3本の部品を組み合わせて自分用のストラトをつくった、というような話。
来日公演で、ジェームス・テーラー(そう、アコースティック・ギター部門として、この人も出てきます)は、転調のたびに力ずくでカポタストをずらして、平然と同じフォームのまま引き続けた、というような話。
著者の高校時代(70年代初頭)、学年に1人はクラプトンがいて、3人くらいジミー・ペイジがいて、5人くらいリッチー・ブラックモアがいた、というような話。
そのブラックモアの、同じパターンを延々とくり返すソロをコピーすると、指がつる、というような話。
著者の中学時代、風呂でトランジスター・ラジオを聴いていたら(それ、私もよくやりました)、サンタナの最新シングルとして「ブラック・マジック・ウーマン」がかかり、そのあまりのチョーキングのかっこよさに、思わず湯船を飛び出した、というような話。
数年前、日本で「ギター侍」というのが流行ったけれど、冗談じゃない、本当のギター侍とはジェフ・ベックのことだ、というような話。
そのジェフ・ベックが、ある曲のボーカル・パートをギター1本で弾きこなしたとき、なんと歌詞が聞こえた、というような話。
本来はベーシストだけれど、ポール・マッカートニーもアコースティック・ギターの名手として出てくる。その「マザー・ネイチャーズ・サン」「ブラックバード」「イエスタデイ」などの、ほれ、この「アコギ」テクが、このようにすごいのだ、というような話。
クイーンのブライアン・メイは、ピックの代わりに6ペンス・コインを使っていた、というような話。
日本にロックンロールという音楽が根づくきっかけを与えてくれた偉大なアーチストといえば、ビル・ヘイリーでもない、エルヴィス・プレスリーでもない、自信をもって断言しよう、それはベンチャーズなのだ! というような話。
日本では、エリック・クラプトン、ジェフ・ベック、ジミー・ペイジが3大ギタリストということになっているが、ほかにも素晴らしいギタリストは大勢いるのに、なぜこの3人なんだろう、というような話。
と、面白い話は枚挙に暇がないけれど、それにも増して、この本のすごいのは、ギターソロのフレーズやテクニックの解説が、じつに細かく本格的だということだ。
自らがギタリストでもある著者が、ときにはコードポジション進行図を出してきて、ときにはタブ譜まで掲げながら、熱く熱くソロのフレーズやテクニックを解説するとき、それを読む私の耳に、あの懐かしいギターソロが蘇ってくるのだった。
実際、読後に、私、本書に収められた数曲のギターソロを聴くために、久々にカビ臭いLPジャケットを引っ張り出しましたこと、ここに報告いたします。