《亜愛一郎シリーズ》の欠点は、恐らくここだけである。あまりに理屈が奇抜なので、それに則って作品全体が見事に統御されていることを見逃した(または重視しない)人には、リアリティがないと非難されてしまうのだ。しかしもうお気づきだろうが、これはそのまま長所になる。トンでもない屁理屈で固められたミステリ! それはどう考えても、本格ファン垂涎の逸品である。
《亜愛一郎シリーズ》には、愉快な登場人物がたくさん出て来て、一種のコメディのようなストーリー展開を生み、屁理屈が横行することによる違和感を緩和していることにも注目したい。
探偵役を務める亜愛一郎は、雲や虫、化石などを撮影する科学系カメラマンで、誰が見てもハッとするほどの美男子である。美女も頬を染めて近付いて来ます。ところがしばらく一緒にいると、誰もが幻滅を覚え始めるのである。とにかく間抜けで、極めてベタだがよくコケている。死体を見るなど、ショッキングな場面では白目を剥くなど、肝っ玉も恐らく大きくない。叫び声は「キャッ」。受け答えも要領を得ず、挙措もオドオドしているので、不審者と見られることも多い。というかいつものことだ。大体、険しい山中にも高そうなスーツ姿で現れるなど、ちょっとズレているのである。結果、近付いて来た美女もこそこそ退いていく。
しかし、奇妙な事件を解明することにかけては天下一品。奇怪なロジックや暗合をあっさり見抜いて、すいすい絵解きをしていく。事件を解決しても下がった株が戻らないのはご愛嬌か。愛一郎本人、他人からの評価をあまり気にしていないようだ。あるいは、他人に見られているなどとはそもそも思っていないのか。いずれにせよ、常にとぼけた味わいを醸し出すいいキャラクターで、誰もが(もちろん読者も)憎めない奴だと思っている。このヌケているが憎めない、外見と中身のギャップが激しい人物は、突拍子もない屁理屈をこねるには最適の人材といえるだろう。なお、この人物の名前は、「名探偵辞書の、一番前に名前が載るから」ということで付けられた。どこまでも人を食った奴である。
各編個別の登場人物にも、楽しげな人材が揃っている。「DL2号機事件」で最初に登場する羽田刑事から、誰が見ても刑事としか思われないという強面の人物で、設定だけで既にユーモラスだ。そもそも「DL2号機事件」は冒頭の舞台が空港で、初っ端から「空港にいる登場人物の名前が羽田」という状況になるのだ。おまけに、DL2号機はその空港に着陸する前に、東京の羽田空港から離陸している。これはもうギャグとしか解釈のしようがあるまい。その他、ひょろっとした男の姓が緋熊であるなど、随所に名前での遊びが見られる。なお、ほとんどの作品で、「三角形の顔をした洋装の老婦人」が、どこかに顔を出している。これもまたお遊びである。
シリーズの基本構成は、登場人物が亜愛一郎を交えてコントのようなやり取りをしているうちに、いつの間にか亜愛一郎が真相を見破り、事件が解決される、というものだ。殺人が起きても、ショッキングな真相が明かされても、暗く打ち沈む人は皆無で、雰囲気が常に明るい。本シリーズで頻出する、冗談のような奇天烈なアイデアも、この雰囲気であればうまく馴染む。
こういう作品に対し、眉間に皺を寄せて現時世界と同じリアリティを要求しても仕方がない。大体、シリーズの最終作である短編「亜愛一郎の逃亡」で明かされる、亜愛一郎の意外な正体を読めば、リアリティを金科玉条にして本シリーズにケチを付けまくっても虚しいだけ、ということに気付くはずである。ならば選択肢は一つ。開き直ってこの作品世界を受け容れて、圧倒的なまでの「発想のツイスト」を楽しめばよい。