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グレート・ギャツビー

「アメリカの幻影」を生きた、優雅な生活に復讐された男と女の、永久不変のラブストーリー。

特集 マイ・フェイバリット・フィッツジェラルド 【2】
フランシス・スコット・フィッツジェラルド村上春樹
中央公論新社小説] 海外
2006.11  版型:B40
>>書籍情報のページへ
レビュワー/加藤信昭

彼は、二十数年あまりの作家人生のなかで、長編小説をわずか四冊しか物していない。『楽園のこちら側』『美しく呪われたもの』『夜はやさし』(角川文庫)、そして本書『グレート・ギャツビー』である。(最後の長編作品になるはずだった『ラスト・タイクーン』(角川文庫)は、彼の死によって途絶し、未完のまま終わっているので、ここでは勘定から外してある。)天から与えられた才能、膨大な量の短編小説に比して、長編小説があまりに少ないという印象が残るのは私だけの感傷ではないだろう。
「いつか時代を画する傑作長編小説を書きたい」という思いを胸に、スコットは妻ゼルダとの贅沢な暮らしを支えるために、大衆向けの雑誌に短編を書き散らさなくてはならなかった。それはあたかもデイジーを振り返らせるために、富を手にしようとするギャツビーそのものだったといえるだろう。こうして乱費される日々の中にあって、その思いは野心を超えた希望にすら成長してゆく。パーキンズに宛てた手紙の中で、スコットはいま取りかかりつつある小説(『グレート・ギャツビー』)がいかに自分にとって重要であり、その作品の出来に対する並々ならぬ自信を覗かせている。
「ギャツビー」は、私生活のごたごたを乗り越え、スコットの文学的キャリアと志のすべてを注いで完成させた作品だった。だが、本の売れ行きは芳しいものではなかった。それは大衆の期待する内容に比して文学的過ぎ、一方の文芸批評サイドからみれば、文学的完成度に欠けた面があった。プリンストン大学時代からのスコットの友人である、文芸批評家エドマンド・ウィルソンからは「想像力には恵まれているが、これを統御する知性に欠け、美への希求はあるが美学的な理念はなく、表現力はあっても表現すべき思想に乏しい」という批評を浴びせられる(『フィッツジェラルドの手紙』より)。

その批評を全面的に否定するつもりはない。しかし、一九二五年に刊行されたこの書物が、二〇〇九年の現在を読み解く上で、決してその効力を失ってはいないと私には思える。この未曾有の大不況に直面しているわれわれに、富と成功、幸福の持つ意味を、そして『優雅な生活が最高の復讐である』(『夜はやさし』のモデルとなったマーフィー夫妻やフィッツジェラルド夫妻の生き様をレポートしたノンフィクションの名著。カルヴィン・トムキンズ/訳・青山 南/新潮文庫・2004年刊/絶版)であることを語りかけてくれる数少ない小説だからである。そこにはまぎれもなくスコットの思想があり、八十年を経てもその輝きが失われることのない美学があった。

『グレート・ギャツビー』は、煎じ詰めればアメリカン・ドリームとその破綻の物語だということもできるだろう。スコットがゼルダとの暮らしを内省と悔恨を込めて語れば語るほど、それは「アメリカの幻影」を描きだす結果となっていった。フィッツジェラルドはひたすらアメリカ社会の変貌と、新たな価値観をそっくり物語へと注ぎ込んでいっただけなのかもしれない。「ギャツビー」刊行当時、ただの風俗と捉えられていたそうしたものが、幾時代かを経ることで、ある普遍の世界を描いていたことが理解されるようになってきた。

わたしには読むたび鼻の奥がつんとなり、先を読み進められなくなる、ある場面がある。そこに描かれているものはまぎれもなく、私にとっての普遍であり、これほど美しい調べを持った散文をほかに知らない。物語の終わりで、語り手の僕=ニック・キャラウェイが主のいなくなった屋敷を眺めながらギャツビーを回想する場面である。
「ギャツビーは緑の灯火を信じていた。年を追うごとに我々の前からどんどん遠のいていく、陶酔に満ちた未来を。それはあのとき我々の手からすり抜けていった。でもまだ大丈夫。明日はもっと速く走ろう。両腕をもっと先まで差し出そう。…そうすればある晴れた日に――
だからこそ我々は、前へ前へと進み続けるのだ。流れに立ち向かうボートのように、絶え間なく過去へと押し戻されながらも。」

センチメンタルで馬鹿げた物語だと、誰かが揶揄しようと、私はこの数行にかけて、この小説を擁護しようと思う。
彼には何もかもわかっていた。だからそこ、フィッツジェラルドがこの物語に託した祈りは、痛みすら伴ってわれわれの胸を強く打つのだ。
メリーランド州ロックビルにあるセント・メアリ・カソリック教会の墓地に眠る、フィッツジェラルド夫妻の墓碑銘には、『グレート・ギャツビー』の最後の一節が刻まれているという。
「SO WE BEAT ON BOATS AGAINST THE CURRENT. BORNE BACK CEASELESSLY INTO THE PAST.(だからこそ我々は、前へ前へと進み続けるのだ。流れに立ち向かうボートのように、絶え間なく過去へと押し戻されながらも。)」

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