仕事で関係のある大きな企業の一族のことをちょっと知りたいと思って手にした本だったが、様々な企業の経営者一族とそれを取り巻く者たちの、ドロドロした人間像が実に面白いのでおすすめしたい。
この本の帯には、
「血縁」か、「暖簾」か、とあり、一流企業51社の「トップ交代の歴史」とある。
そう、日本の大人ならまず名前を知っている企業の、創業者の創業物語と、その会社をどう継いできたか、誰に継いできたか、誰が継いだか、という話がまとまっている。大企業を経営面から分析したものではなく、経営者の人間臭さという点から眺めた内容だ。
大体、経済面から語るような本だったら、私は手にしていない。
会社を創って、自分一代で大きくした場合、まずは長男に継がせようと考える。いや、部下の中のもっとも経営能力に長けているものに渡す。「溺愛している誰か」をとにかく社長にさせてやりたい。などという、創業者側の思いがある。
一方で、血縁だのあの子がかわいいだのいっていると、ここまで大きくなった企業が崩壊してしまう。すでに社会的な責任を持たなければいけない規模になっているこの企業は、今以上に利益を上げて存続させることができる能力を持つ人間に任せないといけない。
という、発想もある。
そうなると、人と人のゴタゴタ・グズグズ・ドロドロが発生して、読む方にはなかなか興味深い。
「吉兆」も「赤福」も「不二家」も取り上げている。また、大きな話題になったかつての「西武王国」についてもわかりやすくまとめている。
それと、この本の冒頭では「ブリジストン」の石橋家を紹介しているが、この一族のおおもとが「仕立屋」だったことを初めて知った。
仕立屋から、足袋屋に変身して、足袋を作っているうちに「地下足袋」を作るようになり、ここでゴムと結びついて、長靴(ゴム長)に発展し、そのゴム製品の拡大発展としてタイヤに行きついた、という。むろん全ての企業がそういういきさつではないが、へぇ、あの会社、もとはそういう風だったのか、という驚きもたくさん詰まっている。
大体創業者は、貧しく、丁稚に行かされたの、職人の子には学問がいらないだのということがあって、ある思いつきか、一念発起があって会社を興すわけだ。
そしてそれを継いでいく者たちのありように力点を置いているので、単なる会社紹介ではなく、一族のドロドロも平気で書いてしまうのがこの本の魅力である。
各創業者から現社長までの系図全体、とはいかないが、話に関連した人々の系譜が載っている。
現西武ホールディングスのように、堤康次郎の「女たち」の子どもが系譜を埋めている例もある。正妻をよそに、次々に手を付けた女に子供を産ませ、という言い方が当てはまる。これはいつかは破綻がくると思うけれど、それを外に出さずにきた歴史があったわけだ。
また、系譜を見ると、創業は「素晴らしい思いつきをした夫と、その献身的な妻」によって行われ、繁栄の基礎を築き、二代目で大いに発展すると、その子どもあたりに、大物政治家や江戸時代の藩主の一族(いわゆる名家)、あるいは財閥系の娘をもらうようになる。こうした傾向は多い。なるほどね、そうしたくなるものなんだ、というしかない。当然逆もあって、娘に、優秀な婿を迎える場合も多い。
外から優秀な血を入れる、優れた人材を選ぶ、ということを基本にし、長男に継がせることをしない企業もある。
そんな風に一族で継承していくのがいいか、外から優秀な人材を入れるのがいいか、この結論はない。その企業が継続的に発展していれば「そこのうちのやり方」が正しいことになるから。
そういうこともあって、読んでいて「こういう風に一族だけでやっていこうとすると駄目なんだな」という場合もあれば「こういう風に一族の結束がしっかりしていれば大丈夫なんだ」と思うこともある。これが読者の身勝手。だから本が面白い。
ま、有名企業のちょっとした話を仕入れる本としては格好の一冊です。夕刊紙に連載したものがベースになっているということで、文章のまとまりがよくスイスイ読めるのは、書き手の腕が立つから、だろう。