書評の楽しみを考える Book Japan

 
 
 
トップページ > おすすめ本書評一覧 > 蒼火

蒼火

これを見逃したら、大変! コクがあり、渋味も爽やかさもあり、哀愁もある。

北重人
文藝春秋文春文庫歴史・時代小説] 国内
2008.11  版型:文庫
>>書籍情報のページへ
レビュワー/小玉節郎

朝、電車を降りる時、残り数十ページというところまで読んでいた。帰りの電車では読み終えてしまうことがわかっていて、どうしようかと思った。めちゃくちゃに面白いので、物語の最後は家でゆっくり味わおうかと思ったのだ。しかし通勤読書のベテランとしては「淡々と」読んで、感激して、読後感をしばし楽しんで、すぐ次の本にかかるのであった。

「大藪春彦賞受賞作」の時代小説、この賞では初めての時代小説だという。
中堅どころの商家で、堅実に商売を広げつつあるお店(たな)の主人が連続して殺される。殺される寸前、決まって二百両、三百両という金を用意して出かけ、斬殺され金が奪われる。そういう事件が何件かあって、それがぱったり止んでしまう。そのぱったりのせいであまり話題にならず、大勢の興味を引いてはいないらしい。しかし、おかしい、と気づく同心や岡っ引きがいて、「これは変だと思わないか」と相談されるのが主人公である。むろん捜査の協力を頼まれる。

んん、難しいなぁ。時代「ミステリー」小説なので筋を追って話を紹介しようとすると言ってはいけないところに触れてしまう。
とはいえ。

その殺人強奪事件が起きる時期と場所がある範囲に限られていることと、その前に必ずある場所にある男が現れることをやっとのことで掴む。
その調査に時間がかかるわけだが、そこのあたりを丁寧に語ってくれる小説である。一軒の店の主人が殺されたことで商売が駄目になってちりぢりになってしまった人を訪ね歩いて、殺される前にどんなことがあったかを丹念に聞き回る。主人家の者だけではなく、そこで働いていた人全てに影を落とすのが殺人だと語る。
どの場合も、主人だけが心得て話を進めていたので、番頭も奥方もほとんど何も聞いていない。しかし「まもなく大きな商売ができるようになって、店を大きくできる」というようなことをどの主人も言っていたことを突き止める。また、殺し方が非常に腕の立つ者が一刀のもとに斬り殺していることもわかる。
さらに、殺される前に「相手方」と被害者が会合をしていた場所がわかり、そこの女将に話を聞くこともできた。話を持ち込んでくる人物の風貌が知れる。

こうした調べを進める中で、主人公の心模様、侍なのに家を出て長屋で貧乏暮らしをしている理由が描かれる。親しい親分とのいきさつや、香具師の仲間とも親しい事情の説明。また、若い者が悪さから足を洗って、岡っ引きになって働くといういい話。そして、主人公と幼なじみの女が、んん、これは書かないでおこう。とにかく、時代小説に必要な配役が見事で、読んでいてどの顔も見えてくるのが素晴らしい。

それで、近年の海外ミステリーには時々あるのだけれど、緻密な物語が進んで大きな事件が解決したあと、まだページが沢山残っているのだ。
事件解決の時に逃げた者が残っている。犯罪の全てを計画したというわけではないが、心の均衡を失って、人を殺し続けることでしか自分を保てなくなったような武士がいる。この男を捕まえないことには、陰惨な殺人が続く。事件解決までにこの男に斬り殺された人たちのためにも、こいつだけは捕まえなければいけない。そうして最後のページが盛り上がっていく。
『蒼火』というタイトルの意味がこの小説では深い意味を持っている。なにしろ、うまい作家。いい小説。

季節の描き方、江戸の街の描き方。江戸を離れるときの街道の風景、武家・商家、船宿・長屋の描写、紙芝居のようにしか描けない若い作家が多い中、見事である。もう、黙って江戸に連れて行ってもらえばいいのであって、こんな楽なことはない。
面白い時代小説、というのは、この本のような作品をいうのだ! と力説しておく。

前に紹介した『夏の椿』の話より、三年前の設定になっている。この『蒼火』はそっちを読んでいないとわからないというような仕掛けはない。
親本があって、今年の11月に文庫化しての新刊。通勤読者には文庫サイズがうれしい。面白いぞぉ。

おすすめ本書評・紹介書籍

蒼火
北重人
文藝春秋文春文庫歴史・時代小説] 国内
2008.11  版型:文庫
価格:730円(税込)
>>詳細を見る

新着情報

2013/08/16[新着書評]
『きことわ』朝吹真理子
評者:千三屋

2013/08/15[新着書評]
『テルマエ・ロマエⅥ』ヤマザキマリ/「1~3巻は大傑作、4~6巻は残念な出来」
評者:新藤純子

2013/06/19[新着書評]
『高円寺 古本酒場ものがたり』狩野俊
評者:千三屋

2013/06/18[新着書評]
連載「週末、たまにはビジネス書を」第11回
『くまモンの秘密 地方公務員集団が起こしたサプライズ』熊本県庁チームくまモン

評者:蔓葉信博

2013/05/12[新着書評]
『フィフティ・シェイズ・ダーカー(上・下)』ELジェイムズ
評者:日向郁

2013/04/04[新着書評]
『クラウド・アトラス』デイヴィッド・ミッチェル
評者:千三屋

2013/03/15[新着書評]
【連載】 蔓葉信博「週末、たまにはビジネス書を」
第10回 『投資家が「お金」よりも大切にしていること』藤野英人
評者:蔓葉信博

2013/02/18[新着書評]
『はぶらし』近藤史恵
評者:日向郁

2013/01/31[新着書評]
『知的唯仏論』宮崎哲弥・呉智英
評者:千三屋

2012/01/30[新着書評]
【連載】 蔓葉信博「週末、たまにはビジネス書を」
第9回 『思考の「型」を身につけよう』飯田泰之
評者:蔓葉信博

2013/01/25[新着書評]
『醤油鯛』沢田佳久
評者:杉江松恋

2013/01/18[新着書評]
『秋田寛のグラフィックデザイン』アキタ・デザイン・カン
評者:千三屋

2013/01/17[新着書評]
『空白を満たしなさい』平野啓一郎
評者:長坂陽子

2013/01/15[新着書評]
『箱根駅伝を歩く』泉麻人
評者:千三屋

2013/01/11[新着書評]
『世界が終わるわけではなく』ケイト・アトキンソン
評者:藤井勉

2012/12/21[新着書評]
【連載】 蔓葉信博「週末、たまにはビジネス書を」
第8回 『ネンドノカンド 脱力デザイン論』佐藤オオキ
評者:蔓葉信博

2012/12/19[新着書評]
『デザインの本の本』秋田寛
評者:千三屋

2012/12/12[新着書評]
「さしたる不満もなく私は家に帰った」第2回「岸本佐知子『なんらかの事情』と近所の創作系ラーメン屋」
評者:杉江松恋

2012/11/28[新着書評]
『ニール・ヤング自伝I』ニール・ヤング
評者:藤井勉

2012/11/22[新着書評]
『日本人はなぜ「黒ブチ丸メガネ」なのか』友利昴
評者:新藤純子

2012/11/21[新着書評]
『私にふさわしいホテル』柚木麻子
評者:長坂陽子

2012/11/19[新着書評]
【連載】 蔓葉信博「週末、たまにはビジネス書を」
第7回 『老舗を再生させた十三代がどうしても伝えたい 小さな会社の生きる道。』中川淳
評者:蔓葉信博

2012/11/15[新着書評]
『格差と序列の心理学 平等主義のパラドクス』池上知子
評者:新藤純子

2012/11/09[イベントレポ]
兼業古本屋のできるまで。とみさわさん、なにをやってんすか

2012/11/08[新着書評]
『機龍警察 暗黒市場』月村了衛
評者:大谷暁生

2012/11/02[新着書評]
『なしくずしの死』L-F・セリーヌ
評者:藤田祥平

2012/10/31[新着書評]
『エコー・メイカー』リチャード・パワーズ
評者:藤井勉

2012/10/30[新着書評]
『文体練習』レーモン・クノー
評者:藤田祥平

2012/10/25[新着書評]
『生きのびるための建築』石山修武
評者:千三屋

2012/10/24[新着書評]
『占領都市 TOKYO YEAR ZERO Ⅱ』デイヴィッド・ピース
評者:大谷暁生

2012/10/23[B.J.インタビュー]
「この翻訳家に聞きたい」第3回 藤井光さんに聞く「アメリカ文学の"音"って?」(後編)
インタビュアー:石井千湖

2012/10/22[B.J.インタビュー]
「この翻訳家に聞きたい」第3回 藤井光さんに聞く「アメリカ文学の"音"って?」(前編)
インタビュアー:石井千湖

2012/10/19[新着書評]
『最後の授業 ぼくの命があるうちに』ランディ・パウシュ、ジェフリー・ザスロー
評者:日向郁

2012/10/18[新着書評]
『イタリア人と日本人、どっちがバカ?』ファブリツィオ・グラッセッリ
評者:相川藍

2012/10/17[イベントレポ]
ミステリー酒場スペシャル ローレンス・ブロック酒場Part1

2012/10/16[イベントレポ]
ブックレビューLIVE:杉江VS米光のどっちが売れるか!?

2012/10/15[イベントレポ]
ミステリ酒場スペシャル ローレンス・ブロック酒場三連発 PART2~泥棒バーニー、殺し屋ケラー編&ブロックおもてなし対策会議~

2012/10/15[新着書評]
『犬とハモニカ』江國香織
評者:長坂陽子

2012/10/10[新着書評]
『Papa told me cocohana ver.1 丘は花でいっぱい』榛野なな恵
評者:千三屋

2012/10/08[イベントレポ]
“その日”が来てからでは遅すぎる! あなたの知らないお葬式のすべて?ボッタクリの秘密から納得のエコ葬儀プランまで

2012/10/04[新着書評]
【連載】 蔓葉信博「週末、たまにはビジネス書を」
第6回 『本気で売り上げを伸ばしたければ日経MJを読みなさい』竹内謙礼
評者:蔓葉信博

2012/10/03[新着書評]
『青い脂』ウラジーミル・ソローキン
評者:藤井勉

2012/10/02[イベントレポ]
松本尚久さん、落語の楽しみ方を教えてください!

2012/10/01[新着書評]
『ヴァンパイア』岩井俊二
評者:長坂陽子

2012/09/27[新着書評]
『A Life of William Inge: The Strains of Triumph』ラルフ・F・ヴォス
評者:新藤純子

2012/09/25[新着書評]
『鬼談百景』小野不由美
評者:挟名紅治

2012/09/24[新着書評]
『ここは退屈迎えに来て』山内マリコ
評者:長坂陽子

2012/09/20[新着書評]
『銀の匙』中勘助
評者:藤田祥平

2012/09/18[新着書評]
『最初の人間』アルベール・カミュ
評者:新藤純子

2012/09/14[新着書評]
『その日東京駅五時二十五分発』西川美和
評者:相川藍

2012/09/13[新着書評]
『無分別』オラシオ・カステジャーノス・モヤ
評者:藤井勉

2012/09/12[新着書評]
『鷲たちの盟約』(上下)アラン・グレン
評者:大谷暁生

2012/09/11[新着書評]
『ラブ・イズ・ア・ミックステープ』ロブ・シェフィールド
評者:日向郁

2012/09/10[新着書評]
『嵐のピクニック』本谷有希子
評者:長坂陽子

2012/09/07[新着書評]
『本当の経済の話をしよう』若田部昌澄、栗原裕一郎
評者:藤井勉

2012/09/06[新着書評]
【連載】 蔓葉信博「週末、たまにはビジネス書を」
第5回 『戦略人事のビジョン』八木洋介・金井壽宏
評者:蔓葉信博

2012/09/05[新着書評]
『ひらいて』綿矢りさ
評者:長坂陽子

2012/09/04[新着書評]
『失脚/巫女の死 デュレンマット傑作選』フリードリヒ・デュレンマット
評者:藤井勉

2012/09/03[新着書評]
『かくも水深き不在』竹本健治
評者:蔓葉信博

2012/09/01[新着書評]
『残穢』小野不由美
評者:挟名紅治

2012/08/31[新着書評]
『わたしが眠りにつく前に』SJ・ワトソン
評者:長坂陽子

2012/08/28[新着書評]
『芸術実行犯』Chim↑Pom(チン↑ポム)
評者:相川藍

2012/08/27[新着書評]
『ぼくは勉強ができない』山田詠美
評者:姉崎あきか

2012/08/16[新着書評]
『オカルト 現れるモノ、隠れるモノ、見たいモノ』森達也
評者:長坂陽子

2012/08/10[新着書評]
『セックスなんか興味ない』きづきあきら サトウナンキ
評者:大谷暁生

2012/08/08[新着書評]
『深い疵』ネレ・ノイハウス
評者:挟名紅治

2012/08/07[新着書評]
【連載】 蔓葉信博「週末、たまにはビジネス書を」
第4回 小林直樹『ソーシャルリスク』
評者:蔓葉信博

2012/08/03[新着書評]
『はまむぎ』レーモン・クノー
評者:藤井勉

2012/08/02[新着書評]
『清須会議』三谷幸喜
評者:千三屋

2012/07/31[新着書評]
『岡崎京子の仕事集』岡崎京子(著)増渕俊之(編)
評者:相川藍

2012/07/30[新着書評]
『月と雷』角田光代
評者:長坂陽子

2012/07/28[新着書評]
『ことばの食卓』武田百合子
評者:杉江松恋
2012/07/18[新着書評]
『図説 死因百科』マイケル・ラルゴ
評者:大谷暁生

2012/07/13[新着書評]
『最果てアーケード』
小川洋子
評者:長坂陽子

2012/07/12[新着書評]
『なぜ戒名を自分でつけてもいいのか』橋爪大三郎
評者:千三屋

2012/07/05[新着書評]
『少年は残酷な弓を射る』(上・下)
ライオネル・シュライヴァー
評者:長坂陽子

2012/07/04[新着書評]
『未解決事件 グリコ・森永事件~捜査員300人の証言』NHKスペシャル取材班
評者:挟名紅治

2012/07/02[新着書評]
『女が嘘をつくとき』リュドミラ・ウリツカヤ
評者:藤井勉

2012/06/29[新着書評]
連載 蔓葉信博「週末、たまにはビジネス書を」
第3回 三浦展『第四の消費』
蔓葉信博

2012/06/27[新着書評]
『シフォン・リボン・シフォン』近藤史恵
評者:相川藍

2012/06/26[新着書評]
『湿地』アーナルデュル・インドリダソン
大谷暁生

2012/06/22[新着書評]
『話虫干』小路幸也
長坂陽子

2012/06/20[新着書評]
『彼女の存在、その破片』野中柊
長坂陽子

2012/06/15[新着書評]
『新人警官の掟』フェイ・ケラーマン
日向郁

2012/06/14[新着書評]
『俳優と超人形』ゴードン・クレイグ
千三屋

2012/06/13[新着書評]
『毒婦。 木嶋佳苗100日裁判傍聴記』北原みのり
長坂陽子

2012/06/12[新着書評]
『WOMBS』白井弓子
大谷暁生

2012/06/11[新着書評]
『21世紀の世界文学30冊を読む』都甲幸治
藤井勉

2012/06/08[新着書評]
『愛について』白岩玄
評者:相川藍

2012/06/06[新着書評]
『柔らかな犀の角ー山崎努の読書日記』山崎努
挟名紅治

2012/06/04[新着書評]
『夜をぶっとばせ』井上荒野
長坂陽子

2012/06/01[新着書評]
「七夜物語』川上弘美
長坂陽子

2012/05/30[新着書評]
連載 蔓葉信博「週末、たまにはビジネス書を」
第2回 高畑哲平『Webマーケティング思考トレーニング』
蔓葉信博

2012/05/23[新着書評]
「ピントがボケる音 OUT OF FOCUS, OUT OF SOUND』安田兼一
藤井勉

2012/05/21[新着書評]
「飼い慣らすことのできない幻獣たち」
『幻獣辞典』ホルヘ・ルイス・ボルヘス
藤田祥平

2012/05/16[新着書評]
連載「長坂陽子 ロマンスの神様願いを叶えて第18回」
「その名は自己満足」
長坂陽子

2012/03/30[新着書評]
連載「長坂陽子 ロマンスの神様願いを叶えて第17回」
「そのプライドが邪魔をする」
長坂陽子

2012/02/28[新着書評]
連載「長坂陽子 ロマンスの神様願いを叶えて第16回」
「恋のリスクマネジメント」
長坂陽子

2012/02/15[新着書評]
連載「長坂陽子 ロマンスの神様願いを叶えて第15回」
「非華奢女子の生きる道」
長坂陽子

2012/02/02[新着書評]
連載「長坂陽子 ロマンスの神様願いを叶えて第14回」
「パターン破りの効用」
長坂陽子

2012/01/31[新着書評]
『最高に美しい住宅をつくる方法』彦根明
評者:相川藍

2012/01/20[新着書評]
『ペット・サウンズ』ジム・フジーリ
評者:藤井勉

2012/01/17[新着書評]
連載「長坂陽子 ロマンスの神様願いを叶えて第13回」
胸だけ見ててもモテ期はこない
長坂陽子

2012/01/11[新着書評]
連載「長坂陽子 ロマンスの神様願いを叶えて第12回」
「恋で美しくなる」は本当か
長坂陽子

2012/01/10[新着書評]
「旧式のプライバシー」
『大阪の宿』水上滝太郎
藤田祥平


Internet Explorerをご利用の場合はバージョン6以上でご覧ください。
お知らせイベントBook Japanについてプライバシーポリシーお問い合わせ
copyright © bookjapan.jp All Rights Reserved.