サブプライムローンだって? デリバティブってなに? 住宅バブルが崩壊し、株式市場は暴落、世界中を金融恐慌に巻き込みそうになっている“元凶”アメリカが、またまたクローズアップされている(悪い意味で)。この原稿がアップされる頃には、アメリカの新しい大統領が決定しているが、果たして今後、アメリカはどっちに向かって舵を取るのか? 好むと好まざるとに係わらず、アメリカの行方が世界の動向を少なからず左右してしまう今日、「アメリカってそもそもどういう国なんだろう?」を考えてみたいと思います。
まずは、この10月に刊行されたばかりの『アメリカ人の半分はニューヨークの場所を知らない』。カリフォルニア州バークレーに住むコラムニスト・映画評論家の町山智浩氏の最新刊だ。タイトルから推測されるように「ええっ、そうなの?」というオドロキの事実がてんこ盛りで、素直にびっくりしたり、唖然とするところから始めよう。例えば「パスポートを持っているアメリカ人は国民の2割にすぎない」とか。「アメリカのトウモロコシ畑は日本の総面積よりも広い」とか。「イラク戦争は9・11テロへの報復として必要だった、と信じている国民が2007年の時点でまだ41%いる」なんてのもある。「先進国で唯一、アメリカには国民健康保険が無い」というのは、マイケル・ムーアの映画『シッコ』を観た方はご存知かもしれない。
アメリカがいかにトンデモ国家であるかというエピソードが次々に繰り出されてくるわけだが、もちろん、それらを物量攻勢で山と積んだだけの本ではない。報道からであれ、映画やTV番組からであれ、まずはどのような「素材」を見つけてくるかという選球眼の良さがある。次いで、俎上に上げるネタをいかに小気味よくまとめ、わかりやすく読者に提示するかという手際。そこには当然、日本とアメリカの両国をよく知る人間としての「文化の翻訳者」という側面が含まれる。「宗教」「戦争」「経済」「政治」「メディア」で章分けされ、各テーマごとに際立った事実の紹介と分析がなされたあと、「アメリカを救うのは誰か」「アメリカの時代は終わるのか」という章に入っていく。
「もしかして」と思うのは、この『アメリカ人の半分はニューヨークの場所を知らない』を読むことで、「コラムとは何か?」ということがわかるよう気がする、ということだ。フィクションではもちろんないし、エッセイじゃないし、批評は似ているが少し違う(長編批評はあっても長編コラムはない)。自らの主張するところの射程の長さを誇るというよりも、アップ・トゥ・デイトなテーマを常に選んで、その切り口の鮮やかさで勝負する。短期間で消費されてもかまわない、という潔さもそこにはあるかもしれない。
実際、書店で手にとって見ていただければわかるが、この本はペーパーバックの体裁を取っている。余計なお世話だが、こういう本は、ある程度以上のスピードでバンバン読み飛ばしたほうが面白いと思う。いったんラストまで読みきってから、気になった箇所に戻って再読する。そんな読書スタイルがピッタリなのだ。次々に出てくるアメリカの新鮮な(そして同時に歪んだ)ネタのどの部分により深く興味を持てるかは読者一人ひとりの読んでからの楽しみなのだが、筆者の場合、この本を読んだからこそ得られた大きな収穫が2つあった。
1つは、日本人には非常にわかりにくい宗教の問題。特に「福音派」と呼ばれるキリスト教原理主義については、この本でだいぶ整理されたように思う。「福音派」とは、文字通り福音、つまり聖書に書かれていることを一字一句信じて生きることを最良の生き方と考える人たちで、そこまではまあ良いのだけれど、そこから派生して、「だから余計な知識を身につけるのは良くない」という反知性主義に転換されてしまうのだという。「青白いインテリなんぞ要らん!」というマッチョイズム、あれです。反知性主義はそのまま科学に対する不信につながるばかりでなく、想像力も奪っていく。「同性同士だって恋愛するんだ」とか、「中絶ということも考えてみなきゃ」なんてことは完全に理解の外にあるので、あっさりと伝統的で旧弊なモラルに回帰することになって、結果、共和党の大票田になる。ブッシュの強力な支持基盤もちろん、「福音派」だ。だってホラ、どこからどう見ても反知性主義でしょう、あの人。