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漫画ノート

漫画への愛情に満ちた一冊。なかでも「吾妻ひでおの希望」が鬼気迫る。

いしかわじゅん
バジリコ思想・哲学・評論] [アート・カルチャー] 国内
2008.01  版型:A5
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レビュワー/藤本仁

石川淳ではなく、いしかわじゅん、である。
一方は昭和の文豪であり、今回とりあげる一方は現代に生きるギャグ漫画家である。
二人は似て非なるものだが、個人的には、なんとなくニヒルなところがよく似ているんじゃないかと思ったりしている……。
そんなことは、どうでもいいか。
とにかく、いしかわじゅんの『漫画ノート』である。
これは、ことしのはじめにでたもので、好評を博した一作目の『漫画の時間』から12年ぶりの漫画評論集ということである。

約450ページの大部。そのなかに、手塚治虫、つげ義春、藤子・F・不二雄、西原理恵子、大友克洋、いがらしみきお、さくらももこ、業田義家、江口寿史、本宮ひろ志、一条ゆかり、井上雅彦、岡崎京子、吉田秋生、しりあがり寿といったメジャーどころから、あまり名の知られていない人まで、百数十名もの漫画家の名前がぎっしり並び、その人の才能や作品についての論評が加えられている。
一応、「漫画は冒険する」「BSマンガ夜話」「愛の漫画」「彼らの肖像」「秘密の花園」「美しい物語」といった具合に、論じる内容によって大まかにカテゴリー分けされているが、それぞれ一本一本の評論は独立しているので、どこから読んでも大丈夫。通読する必要はまったくない。気ままに、自分の気になる漫画家、好きな漫画家について書かれているところから頁をくくれる。
そして評論とはいえ、どれも非常に気楽に読める。たしかに技術論や漫画家の思想性について言及しているところは多々あるものの、どちらかといえば、業界内輪話も含めた漫画マニアのエッセイ風といった趣も強くあるため、まったく肩はこらない。いしかわじゅんと、名前をひらがなで開いている如くに、難解な話題も開いて提示してくれている風。クールな筆致のなかに、ギャグ漫画家としてのサービス精神が感じられたりする。

〈吉田秋生は、東京の子だった。
東京の地元で育った子だったのだ。
ぼくら中途参入者とは、ちょっと違う種類だったのだ。
ぼくが愛知県から大学に入るために上京し、そこで出会った友人たちに、不思議な違和感を持った時、たいてい、そいつらは、東京地元民だった。
ぼくら地方組は、東京で長く暮らす間に、いつの間にか、この土地用共通のインターフェイスを身につける。しかし、それは、各出身別のOSの上に乗っかった、ウィンドウズのようなものなのだ。吉田秋生は、ウィンドウズをはなから必要としないマックだったのだ。性能に特に差はないのだが、実は別の種類のものだったのだ。
  ……中略……
ずっと前、なにかの集まりで会った時、当時、彼女は用賀あたりに住んでいて、スポーツクラブにいっていると話していた。あのころはまだ、漫画家は運動をしていなかった。今だってしない人間の方が圧倒的に多いが、当時はなおさらだった。
そうか、やっぱりこの子は、典型的な漫画家じゃない人だったんだな、と思った〉

そもそも、ここに取り上げている対象は、ほとんどが、いしかわじゅんが気に入っている漫画家、作品ばかりだ。ニヒルな視点は強くあったとしても、論は基本的に愛情に満ちあふれている。それも読みやすい原因の一つといえるだろう。ミーハーな漫画ファンにとっては、たまらない感じにまとまっている(もし糾弾すべき対象があるとすると、あの筆致からして、きっとギタギタにやられるんだろうなあ、という予測は容易に立つ。実際、『まんだらけ』の阿漕な商売のやり方に対し、きつい記述が一部見受けられた。それはそれで痛快で面白かった)。

では、この本、漫画に通じていないと楽しめないのか、というと、そういうことではない気する。自分はここにでてくる7割ほどの漫画家の作品に目を通した覚えがあるのだが、残りの3割についての評論も、けっこう楽しめた。というより、その漫画家の作品が読みたいと思うほどに、たびたび心が動いた。題材はともかくも、しっかり読ませるところがこの人にはある。漫画嫌いにも、ぜひお勧めしたい。

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バジリコ思想・哲学・評論] [アート・カルチャー] 国内
2008.01  版型:A5
価格:2,100円(税込)
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