北京オリンピック、盛り上がっていますね。しかし、調子に乗って東京にオリンピックを招聘するのは止めてくれないかなあ。私が住んでいるあたりでは地下工事が準備されており、やがて首都高速道路中央環状品川線が走る予定である。すでに開通している新宿線の工事時に私は随分取材をさせてもらったのだが(グラフィック社から出ている『トーキョー・アンダー』の取材です。これ、宣伝ね。写真は土門拳賞に輝いた内山英明さんだ)、交通量計画の中にオリンピックのオの字も出てこなかったと記憶している。都知事はオリンピックを見越しての都市計画だとよく言うけど、どこまで信用していいものやら。お祭り騒ぎを利用して地価を上げたいだけ、という気がするのだけど。
深町秋生『東京デッドクルージング』は、オリンピックの開催が本当に決まってしまい、翌年に開催を控えているという二〇一五年の東京を舞台にした作品だ。近未来小説なのだが、作者の未来予測は極めて厳しいものである。富める者と貧しい者の格差が拡大し、階級として決定づけられた結果、東京は各所にスラムを抱えることになり、都市としては急速に荒廃化が進んだ。首都の周辺に点在したベッドタウンの団地は、行き場を失った不良少年たちに占拠され、麻薬患者や売春婦のうろつく魔窟になったのである。
北朝鮮からの難民を無防備に受け入れるなど、国の無定見な対外施策も災いした。周辺諸国の富裕層が東京へと流れこみ、利権を食い荒らしていることに憤った急進主義者たちは民兵を組織し、重火器を含む武装を行った。暴力団などの人員も吸収したこの民兵集団は、警察の威光を完全に無視し、自力で外国人の排除を始めたのである。
小説は、中国人が多く集まるクラブが民兵によって襲撃され、多数の犠牲者が出るというショッキングな場面から始まる。彼らの目的は虐殺ではなく、クラブを訪れていた重要人物を拉致することにあった。以降、この人物の身柄を巡って血なまぐさい闘争が繰り返されることになる。クラブでは多くの民間人が巻き添えを食って死亡したのだが、その中に脱北者で今は売春婦の境遇に身を落としたヒギョンという女性が混じっていた。ヒギョンの姉ファランは、かつて北朝鮮の特殊部隊で名を馳せたエリート工作員だったのである。妹を殺した民兵どもを血祭りにあげるため、彼女もまた動き始める。
東京というメガロポリスを舞台にした大殺戮劇だ。正義と悪もない。生き残るために、邪魔な相手を斃す。ただそれだけである。物語の中心となるのはクラブ襲撃を実行した民兵であるブラボー隊の面々なのだが、一人残らず無教養で粗野な人間として描かれているのがいい。訓練時に指導者によって過激思想を叩きこまれているものの、本人たちは高邁な理想とは無縁な連中なのである。言動からすぐお里が知れる。
「おれの気合は地元でも一番ハンパしでながったしよ。こだな豆鉄砲、全然意味なんかねっすよ」
ちょっと訛りがあるのは、東北のヤンキー出身だからだ。こんなにがさつなのに、実は敬虔なクリスチャンだというのが笑える。キリスト教根本主義者が多い、アメリカ中西部から南東部にかけての地帯はバイブルベルトと呼ばれ、レッドネックと呼ばれる貧乏白人の産地でもある。そういった低所得層の若者が狂信的な民兵組織に身を投じるという事情がアメリカにもあるので、作者は意識しているのでしょうね。