探している本がなくても、古本屋を見つけると入りたくなるのは、涼しそうな森があると入ってみたくなるのによく似ている。森には生き物がいて、その生き物はめったに姿を現さない。古本屋にも生き物がいる。ぼくはその生き物に会いたくて、古本屋に入ってみたくなる。
岡崎武志さんの「女子の古本屋」は、女性が経営する古本屋を取材している。13人のオーナー、もしくは店長が紹介されている。そして男性が経営する古本屋との違いを力説する。その中の2人はぼくの以前からの知り合いで、お店の中でライブをしたこともあり、そのことも文章の中に出てきた。岡崎武志さんの文章は直接読者に語りかけてきて読みやすく、一人一人が古本屋を開業するまでのいきさつも丁寧に紹介されていた。誰もが最初から古本屋をやろうと思っていたわけではなく、自分のやりたいことを探す旅の途上で古本屋と出会っている。古本屋で自分のやりたかったことができると予感している。岡崎さんの生き生きとした文章を読んで、読者はそのお店に行ってみたくなるだけではなく、そのオーナーたちにも会ってみたくなるだろう。
13人の女性たちに共通するのは、子供の頃から本が好きで、図書館の本を借りつくしてしまったり、一日中本屋で立ち読みができたり、家には児童文学全集がそろっていたり、昼休みに本屋に立ち寄ると妙に癒されたりとか、元々本の中の住人になる要素が備わっていたこと。一度本の中の住人になると、彼女たちはのびのびと自分を発信し始める。手足が生えて、世界とつながり始める。男性たちの閉じた今までの古本の世界とそこが違うような気がする。
古本屋に入ると、その本屋の主人と一対一になったような緊張感を感じることがある。それは古本屋にはふだんあまり客がいないからかもしれないが、本にその店の主人の目を感じてしまうからではないだろうか。女子の古本屋はそこを逆手にとって、客に本と一対一になる楽しみに気づかせてくれる。女性にはそういうおおらかなところがあるような気がする。
今までの男性が主体だった古本屋と、これからの女子の古本屋では、そこに住む生き物が違うのだ。生き物は一冊一冊の本の中にいるのではない。そこにあるすべての本の中に一匹だけいる。そしてそれが何かということを探っていくと、自分だということに気づくのだ。