見知らぬ人間の恵まれた才能に嫉妬する奈子と、そんな自分をあざ笑う奈子の繊細さ。散発的に発作のようなパニックを起こす妻に、精神的にも追い詰められるが「婚外の恋を積極的に求めるようになったのも、いま思えば燃焼しきれないエネルギーをもてあましていたからかもしれない」「僕の妻は誰にでもつとまりそうだが、奈子の夫は到底僕しかつとまらないだろう」と、父性のような愛を再確認する。
奈子は周造と過ごすアパートの費用を捻出するために、ドラマの企画書を書くようになる。寝る間も惜しんで書き続け、高視聴率でヒットを生み出す売れっ子脚本家となっていく。
経済格差、社会的格差…周造と奈子との関係にも、世の中の現実が投影されたのか、周造は酔っ払って奈子に暴力をふるい服を引き裂いたこともあった。
そんな時には「ごめんなさいね、本当にごめんなさい。周造は最低な人間だ。君にふさわしくない」「ひざまずいても許しをこいたいと思っています。哀れな周造でした」と電話を鳴らし続ける。自分を周造と呼ぶのもそうだが、そこにはナルシズムたっぷりの、哀れなおかしさがある。
ある日腕の骨にヒビを入れぼろ雑巾のようになって周造とのアパートから帰ってきた妻に、暴力を振るうなど言語道断、別れるよう説得すると「ふつうの夫みたいなこといわないでよ!」と奈子にキレられる。「おとうさんと周ちゃんの両方を愛すること。それがあたしのアイデンティティーなの!」と。
そして奈子の妊娠騒動。それが早とちりだとわかり「何が売れっ子だ、売女、ニセモノ、腐れ女」と罵りながらも、「見捨てるなよ、俺のこと」と金の無心をする周造に渡した金額が何百万の単位になり、「こんなになっちゃった」自慢げにその手帳をみせるなど、熱烈な恋愛からなぜか消耗戦となり、二人の関係も終焉へと向かいはじめる。
仕事もうまくいかない。美しかった容貌も、薄汚さを増し、壊れていく周造。家の前を徘徊する周造だが、「もう見届ける気もなくなったわ。あたしがあたしであるためにはあの人が必要だった。もうズタボロに壊れていたけど、でもあの人が必要だったわ。でも、これから先は別のことを探してみたくなっちゃった」――そうして10年にも及ぶ奈子の恋は終わりを迎える。
奈子が「おとうさん」と呼ぶ夫への底抜けの信頼と愛情、保護を期待し、それがあるから奈子は好き勝手に、自分らしくいられるのだろうが、草食動物のような夫との夫婦生活と、肉食動物のような周造との婚外恋愛、夫婦イロイロ、恋愛イロイロ・・・思わず一言つぶやきたくなる。
しかし何事をも糧にして乗り越えていく生命力の強い奈子に、骨抜きにされた形の周造のその後がちょっと気になるところである。元気だろうか…。
大石静という人気脚本家の、ほぼノンフィクションの恋愛模様、惚れた腫れたの恋愛なんていう次元をすっ飛ばし、男と女の奥深さを感じさせてくれる一冊である。