カレン・ラッセルは1981年生まれの若い作家だ。二十三才の時に雑誌「ニューヨーカー」の新人作家特集でデビューして、二十五才の時にこの短編集を上梓している。ファンタジーともSFとも違う、不思議なスタンスにある物語を描いて、ネクスト・ケリー・リンクとも呼ばれている。
ケリー・リンクが思春期や孤独を硬質で低温なタッチで描くのに対して、カレン・ラッセルはもっと子供の汗やかさぶたから滲む血、興奮した時に発する熱のようなものを手がかりにして書いているようだ。彼女が育ったマイアミの風土が関係しているのだろうか。十編ある短篇小説のほとんどが子供の目線で描かれており、レイ・ブラッドベリにも共通する雰囲気がある。
タイトルがそれぞれ可愛らしく、興味をそそる。「レディ・イエティと人工雪の宮殿」「ワニとレスリングをするエヴァ」「睡眠障害者のためのZ.Zのぐっすりキャンプ」「星の観察者による夏の犯罪記録」……。中でも極めつけのタイトルは、書名にもなっている「狼に育てられた少女たちのための聖ルーシーの家」だろう。
スティーヴン・キングも絶賛したこの短篇は、文字通り狼人間たちの娘を預かる寄宿舎の物語である。狼人間は半獣であるが故に、人間たちからも純血種の狼の群からも孤立して、森の中でひっそりと暮らしている。彼らは時に完全な人間の子供を産むが、教育の機会がなく、子どもたちはまったくの野生児として育ってしまう。そんな獣じみた少女たちを矯正するのが、スペイン系のシスターたちが営む「聖ルーシーの家」である。狼人間の親たちはそこに娘を送り込み、二足歩行を無理矢理覚えさせ、靴を履かして、人間のレディのたしなみを身につけさせようとするのだ。
狼として自由に生きてきた少女たちは、やがて社会性を植え付けられる。自分の中にある野性を恥じて、どうにか人間らしく振る舞い、言葉を喋り、ダンスや遊技に興じるようになる。彼女たちはシスターが何度も見せるフィルムで、自分が本物の狼ではないということを思い知らされる。狼人間の娘はここで順応できなければ、動物の世界からも人間の社会からも脱落して、見世物として生きていく以外の道はないのだ。
すんなりと人間の少女に移行していく娘がいる一方で、いつまで経っても獣の本性に抗えない娘もいる。最年少のミラベラは鳩を捕って喰らい、制服を血で汚してシスターたちを困らせる。同じく狼に育てられた少年たちからなるホームとの共同ダンス・パーティの時も、彼女は口輪をつけられて会場の隅に追いやられている。そして、語り部の少女がダンス・パーティでパニックを起こしかけた時、ミラベラに悲劇が訪れる。
「狼に育てられた少女たち~」は、自分の本質を押し殺し、服従させられることを覚える少女たちの普遍的な物語としても、ストイックで倒錯的な魅力を持つ「修道院物」としても出色の出来である。
「西部開拓民の子供の回顧録から」では、家族が乗る幌馬車を自ら率いるミノタウルスの父の物語が息子によって描かれている。「事故の概要ケース#00/422」の主人公は、氷山の頂上にある舞台で、海賊に襲撃を受けた一族の歴史について歌う合唱団の少年である。「オリヴィアを探して」の幼い兄弟は、船の遺棄場で拾った「魔法のゴーグル」で、海中で恐竜や魚たちの霊を見ながら、海で行方不明になった妹を探している。このような物語には、ダークなファンタジーと子供の身体感覚が溶けあっていて、かつ浮遊感があり、カレン・ラッセルの個性と最近のアメリカのオルタナティブな女性作家たちの潮流を感じさせる。こういう作家がどんどん紹介されれば、翻訳文学ファンの間にも新しい風が吹くだろう。