『昭和モダン建築巡礼・西日本編』は、「日経アーキテクチュア」(日経BP社)の連載をまとめたもの。この雑誌、建築関係の人間を除けば、見たことも聞いたこともないと思う。なぜなら、バリバリの専門誌だから。となると、本書も専門家向けに書かれたものだと早合点しそうになるが、意外や意外、初心者が読んでも、十分、楽しめる内容となっている。コンセプトは単純明快。1945年から1975年にかけて建てられたモダニズム建築のリポートだ。
明治・大正期の近代建築は、装飾的な要素が多いため、パッと見、その魅力がわかりやすい。だから、歴史的な遺産として、保護や鑑賞の対象となる機会にも恵まれている。一方、戦後の現代建築に関しては、「ツルっとしていて、その良さが一般の人に伝わりにくい」(「プロローグ」より)。本書は、そんな目立たない建築たちを「昭和モダン建築」とキャッチーにカテゴライズし、建築史的な位置づけを踏まえたうえで、もっとミーハーな視線で楽しもうという試みだ〈同時に「戦後につくられた建築はいつの間にかなくなってしまう」(同上)から、できるかぎり、記録に残しておこうという危機感も感じられる〉。
結果的に、ここで紹介されている物件は、渋いものばかりになってしまった。しかし、だからこそ、その渋さをわかりやすく伝えるべく、ツボを押さえた書き口となっている。言うなれば、淀川長治が、地味ながらも映画的興趣に満ちた佳作を、あの手この手で誉め上げるときのようなアプローチで、建築の魅力を語っているのだ。「西日本編」と銘打たれていることからもわかるとおり、大きな特徴は、滋賀県以西の地方都市を巡っているところ。せっかくだから、取り上げられた主要なものを、竣工順にリストアップしてみよう。
●1940年代
岩国徴古館(山口県岩国市、1945)
●1950年代
海星学園中央館(長崎県長崎市、1958)
●1960年代
大原美術館分館(岡山県倉敷市、1961)
日南市文化センター(宮崎県日向市、1962)
日本26聖人殉教記念施設(長崎県長崎市、1962)
小笠原流家元会館・豊雲記念館(兵庫県神戸市、1962・1970)
東光園(鳥取県米子市、1964)
甲南女子大学(兵庫県神戸市、1964)
津山文化センター(岡山県津山市、1965)
桂カトリック教会(京都府京都市、1965)
大阪府総合青少年野外活動センター(大阪府能勢町、1965~1970)
国立京都国際会館(京都府京都市、1966)
海のギャラリー(高知県土佐清水市、1966)
都城市民会館(宮崎県都城市、1966年)
大隈記念館(佐賀県佐賀市、1966)
坂出人工土地(香川県坂出市、1968)
●1970年代
佐賀県立博物館(佐賀県佐賀市、1970)
那覇市民会館(沖縄県那覇市、1970)
希望が丘青年の城(滋賀県竜王町、1972)
瀬戸内海歴史民俗資料館(香川県高松市、1973)
北九州市立中央図書館(福岡県北九州市、1974)
著者である磯達雄は1963年生まれ。大阪万博に影響を受けた世代だということを自認している。そのせいか、本書には「あの頃の未来」が、そのまま現実化したようなものが、いくつも登場する。1960年代の物件が多いのは、戦後の高度成長とも関係しているだろう。時代の勢いと建築家の夢想。そのふたつがダイレクトに結びつくことのできた蜜月時代があったのだ。
ダイナミックな造形美を感じさせるものとしては、都城市民会館や日南市文化センター、東光園、津山文化センター、国立京都国際会館などが挙げられる。こうした「SFとかアニメの中の世界そのまま」といった感じの建築は、モダニズムというものが、けっして一枚岩ではなく、多様な可能性を持っていたことを示す好例でもある。ちなみに、評者がこれらの写真から連想したのは、ガンダムに登場するホワイトベースだったことを告白しておく。
ついでながら、私事を申し上げると、評者が少年時代を過ごしたのは那覇市(沖縄県)であり、本書でも南の島の昭和モダン建築として、那覇市民会館が取り上げられている。子供心にも「カッコいい建物だなあ」と思ってはいたものの、あれから数十年後、普遍性と地域性を融合した試みとして評価されているのを読み、不思議な感慨をおぼえた。子供の頃の遊び場が、ふいに歴史的な文脈へ接続されたのだ。
本書のとっつきやすさには、もうひとつ理由がある。共著者である宮沢洋によるイラストだ。磯の写真と文章をフォローするかたちで、建築愛をストレートに表現している様子は、実に楽しい。宮沢の本業は「日経アーキテクチュア」の編集者。プロのイラストレーター顔負けのタッチは、あくまでも余技だというから、恐るべし。しかしながら、造詣が深いからこそ、達者な図解と、ユニークなツッコミが成立しているのだ。得がたい才能である。
磯と宮沢のコンビは、まさに建築界における弥次喜多。ひとまず「西日本編」と銘打たれた建築巡礼だが、数年後に上梓されるであろう「東日本編」を楽しみに待ちたい。