無垢、というのはこの少女のためにある言葉ではないか。こんなにも賢く、美しく、穢れのない心を持った女の子がいるのだろうか。清々しくまっすぐで、芯が強い――それが本書の主人公、辻口陽子ちゃんだ。
処女作にして普及の名作となった『氷点』。何度も映画化・ドラマ化されているが、その内容は波乱万丈、時にどうしてこうも陽子ちゃんに過酷な試練を与えるのか!と胸ふさがる一方、陽子ちゃんの一途な生き方が一服の清涼剤のように、みずみずしく、ふっと心の中を風が通り抜けるようだ。
わが母は仕事に、子育てにと忙しかったこともあり、本を読んでいる姿が思い浮かばないような人だがなぜか「『氷点』を読んでみたら?」とすすめられたので、特に印象深い一冊なのだ。
思春期で父親に反抗ばかりしていた中学生の私だったが、どんな環境の中でもまっすぐに育つ陽子ちゃんを見習ってほしいということだったのかも知れないと、今になっては思う。
陽子ちゃんがひたむきに自らの信念のもとに生きてゆく姿に、部活動をサボり、勉強にも熱中できず、お菓子をボリボリと食べては脂肪を蓄えていた私は、陽子ちゃんの悩みを読み手として共感することで、心が浄化されていくような気がしたものだ。
ご存知のように本書は、1963年に朝日新聞社が応募した懸賞小説の入選作だ。舞台は作者の住む北海道旭川市。この自然の残る舞台で物語は展開される。
旭川を舞台に、人間が生まれながらにしてもつ罪「原罪」を、クリスチャン作家の立場から追求した。私は人間、生まれながらにして罪を背負っているという「原罪」という言葉と考え方を初めて本書で知った。
しかし本書は、そのストーリーがあまりにも特異である。自分の娘を殺した殺人犯の実子を引き取って育てるということから、原罪について問う一石が投じられる。そうした設定は現実にありうるのかどうかという論争も当時は起こったようだが、作者の描写力と心情にぐっと入り込む心の襞を分け入る描き方が読者の納得をうむ。
辻口病院を経営する辻口啓造は穏やかな人柄で人望も厚い。そして内科の神様といわれた名医を父に持つ、苦労知らずの美貌の妻、夏枝。かわいい一男一女をもうけ、誰もがうらやむような幸せな一家に、ある日突然悲劇が起こる。娘のルリ子が河原で絞殺されたのだ。夏枝に好意を寄せる医師・村井の来訪を受けているとき、ルリ子を「お外に行って遊びなさい」と追いやった間であった。
夏枝のせいでルリ子が死んだ…夏枝と村井への憎しみと“汝の敵を愛せよ”という命題への挑戦で、ルリ子を殺した犯人の娘を養女に迎えることにした。その事実を知るものは啓造のみ。