長い間、旧約聖書に関するある疑問を持ちつづけてきた。祖父がキリスト教の牧師であった関係もあって、子供の頃から聖書にまつわる物語に疑いを抱くのはいけないことだという雰囲気が家にはあった。長ずるにおよんで、しかし知的好奇心というのは抑えられなくなっていく。なぜなのか、なぜそうなるのか、何がそうでないと思わせるのか、誰が、そしていつ、そういうことをさせてしまったのか。そういった謎と正面から立ち向かうことで大人になってきたといっていい。
子供の頃から、ぼくに圧倒的な疑問を突きつけてきたのは、モーセという男にまつわることだった。BC14世紀、エジプトに生まれたヘブライ人の彼は神に導かれて、ユダヤたちを圧制者から救い出すために彼らを引き連れてエジプトから脱出し、やがてシナイ山で神から立法の基礎となる「十戒」を授けられ……と旧約聖書の「出エジプト記」にある。
この脱出劇(エグゾダス)の結果、シナイ半島に定住したユダヤ民族はやがてダビデ王によって統一されイスラエル王国を作り上げる。だが間もなく南北に別れ、北王国のイスラエル10支族がBC722年、アッシリアに滅ぼされて地方に追放されるのだが、この10支族の行方がわからないために、彼らは「失われたイスラエルの10支族」という伝説になるのである。
このうちの1支族が日本にやってきたという説――日本とユダヤとは同じ祖先「日ユ同祖論」を生むことになる。天皇家の16弁菊花紋がエレサレムの神殿にもあるとか、ユダヤの六芒星(ダビデの紋章)が日本の籠目紋と同じだとか、日本語とヘブライ語とがよく似ている、といった話はまた別の機会にしよう。
ぼくは長い間、エジプトはアフリカ大陸の北に位置しているのだから、当然アフリカのネグロイドと同じ人種なのだろうと思っていた。そのエジプトから逃げ出したモーセもまた、黒人であるのだろうと漠然と考えていた。だがハリウッド映画「十戒」は、チャールトン・へストンがモーセを演じたのだから白人である。これはアメリカ制作の映画だから、キャスティング上しかたないことかもしれないと、無理に納得させていた。またヨーロッパに残る数々の名画や彫刻でもまた、モーセをはじめとする聖書の中の人物たちはなべて白人系である。そういうものだと、信じさせられてきた。
だがしかし、モーセが率いたイスラエルの人びとは、日本にやってきて同じ祖先だといわれるのだから当然肌は黒くないはずだ。なぜアフリカに白い人がいるのだろうか……。
だいたい最近の研究で、アダムはアフリカに生まれた黒人男性である、と遺伝子の追跡によって人類学的にも証明されている。イヴもまたアフリカで生まれた黒人女性である。その二人から、世界中の人間が生まれてきた。それなのに、いつアダムからの血が白い人を生むようになったのだろうか。それが、子供の時代から綿々と引きずってきた疑問だった。だが聖書に対する疑いや謎に対しては、そう簡単に人には訊けない。
その長い間の疑問に明解にある思考法を示唆してくれたのが、岸田秀さんの「嘘だらけのヨーロッパ製世界史」だった。モーセの物語ばかりでなく、なぜ人間は、特に白人種は差別を、それも激烈な差別や迫害やアパルトヘイトをするのか――むろん、他の民族もまた多かれ少なかれ差別や迫害の歴史を持っている。だが、白人種の歴史はまさしく、差別の歴史そのものだ。なぜだろう。そのぼくの疑問に対しても、大きな示唆を与えてくれたのもこの本だった。それも冒頭にである。
人類最初の人間、アフリカに生まれたアダムによって人間の歴史ははじまったとしたら、世界は黒人だけのはずだが、そうではなく白人種や黄色人種がいる。