幼い頃、忍者になろうと思った。テレビドラマ『仮面の忍者 赤影』に憧れたからだ。折り紙の手裏剣を作り、ブロック塀に上った。垣根の隙間から抜け出したり、焚き火の煙で、ドロンと消えたりした。
体が重くなった今でも忍者にしてくれる本に出会った。何度読んでも、文句なしに面白い。四百年の時空をなんなく超えて、伊賀の野山を駆け回れる。この本には、すごい忍術が詰まっているらしい。
〈高橋渉が消えた。秋分の日だった〉
12歳の野球少年が、目を覚ますと、伊賀の山奥の粗末な小屋にいた。
渉は、小源太という名で呼ばれるようになり、同年代の子どもたちと共に、忍者としての修行を積む。
忍者は、訓練により卓越した精神と運動神経の持ち主になる。同時に、マジシャンでもあり、科学者にもなる。
ときに、天守閣のふすま絵から、ひょうたんと駒を取りだして、〈天下様〉の前で人形遣いを始める。
カンカンになる信長を尻目に、伊賀の忍びの少年たちは、「京は比叡の火の車、ヤレ、伊勢長島に人なし、エン」と歌いながら去っていく。信長が比叡山を焼き討ちにし、伊勢長島でも一揆を皆殺しにしたことを歌っていたのだ。少年たちは、一揆討ちの際、肉親を殺されている。
のちに、伊賀の乱が起こり、信長は四万四千の大軍を送りこみ、伊賀を焼き滅ぼす。渉は、なんとか助けようとするが、歴史を変えることはできない。しかし、一筋の光があった……
信長が、やっきになって一揆を討ち、ますます苛ついていった史実がある。それは、伊賀の忍者が操っていたからか! と、思わず納得してしまうほど、臨場感がある。思春期の少年たちの傷つきやすい心も、時空を超えて共感する。
丁寧に文献を調査取材した渾身の作は、うそっぽさがない。事実より真実がぐいぐいと迫ってくる。
子どもから大人まで、本の扉を開いて、忍術にとっぷり浸かって欲しい。