もしもケルアックの書いた小説『オン・ザ・ロード』が存在しなければ、映画『イージーライダー』も『真夜中のカーボーイ』も『ストレンジャー・ザン・パラダイス』も存在しなかった。音楽だってそうだ、ボブ・ディランが、グレイトフルデッドが、サイモン&ガーファンクルの『アメリカ』が存在することには、ケルアックの影響がある。それどころか、もしもケルアックがいなかったなら、ヒッピー主義もロックンロールもその精神をそなえなかったろう。いや、ケルアックはなんとヒップホップ・ジェネレーションにさえも愛されているそうな。
もしもあなたがそんなケルアックの誉れを聞きつけて、小説『オン・ザ・ロード』を手に取り、あたかもふつうの小説を読むように読みはじめたならば、きっと失望するだろう。なんだなんだなんだ、無駄に繁茂する細部の雑草の中で、主題は藪蚊に刺され、ブヨに噛まれ、主人公たちは道に迷ってるじゃないか。「なぜ、もっとすっきり抽象化させないんだい? 3分の1の量に削ってくれれば、もっと読み良い作品になるだろうに!」 あなたは夢見がちな著者にあきれ果て、あなたの愛する作家の名前を唱え、胸の上で十字を切り、本を投げ捨てるだろう。
しかしね、悪いけど、それは読み方が間違っているよ。もしも(多くの名作立候補作品のように!)『オン・ザ・ロード』を主題の要請にしたがってさまざまな人間の手足を切り詰めたり、どこかの部分を強調したり、はたまた必要な人物だけを残して、後は棄てるなんて書き方をしたならば、けっきょくすべては失われてしまうだろう。そもそもケルアックの目指す理想はそこにない、むしろはたから見ればくそくだらないことばかりに見えるだろうろくでもない旅の細部をえんえん記述し続けながら、かれは、作品がふわりと宙に舞い上がり、向こう側へ突き抜ける瞬間を待っているんだ。それを信じてケルアックはとにかく書いて書いて書いて書いて書いて書いて書いて書いていった。ならば読者もまた、読んで読んで読んで読んで読んで読んで読んでゆくしかないだろう。さぁ、ケルアックの『オン・ザ・ロード』を読んでみよう。ふたりのろくでなしの若い男がグレイハウンドバスや、ヒッチハイクで、あるいはボロいクルマをぶっ飛ばして、アメリカを横断する物語を。
さぁ、読んでみよう。・・・おれがディーンにはじめて会ったのはワイフと壊れてまもない頃で、あの頃おれはひどい病いにとりつかれてた。ま、それについてはあまり話したくない。くたくたに疲れて、みじめで、壊れて、おれはもう死んでるなっておもったもんだ。しかしディーン・モリアーティと出会って、おれの人生のある部分、移動を続ける暮らしが、始まったんだ。それまでも西部まで行ってみたいって夢見たことは何度もあったけれど、ただぼんやり考えるだけで、飛び出したことはなかった。ディーンは、まさにオン・ザ・ロードな男で、ロスアンジェルスへ向かう両親がユタのソルトレイク・シティを通過するとき、ボロ車のなかで生まれた。ディーンは、ニュー・メキシコの少年院から出した手紙のなかで、「ニーチェについておまえが知ってることをぜんぶおれに教えてくれ」なんて書いてくるんだ。
ま、ざっとこんなふうにこの小説ははじまる、ただし正確な引用じゃない、原著と訳書を何度か読み直すうちに生まれたおれのイマジネーションからの"引用"だ。いずれにせよ、イカれた小説だろ? 語り手はサル・パラダイスっていう売れない作家。サルは、グレイハウンドバスでニューヨークにやって来たばかりのディーンに夢中だ。サルの話を聞いていると、心配になってくる。おいおい、あんた、離婚したてで滅入ってるからって、そう簡単に少年院あがりの青年に夢中になって、ぞっこん信用してだいじょうぶかい? あんた、人が良さそうだから、いつかその少年院出のディーンとかってやつに騙されちゃうんじゃないの? ちなみにサルの叔母さんも、同じ意見だ。「つきあうと面倒なことになるよ。」
ま、そんなふうに心配されるのも無理はない、なぜって、これまでのディーンの人生は、ビリヤード屋と監獄と公共図書館のなか。親はアル中でろくでなし、まともな教育も受けていない。ディーンは好きなときに女を抱いて、クルマが必要になれば、すぐに盗んだ。しかし逆に言えば、ディーンには頼るものはなにもない、いつも必死のアドリヴで生きてきたんだ。ディーンにはどくとくのユーモアがあって、それこそそれは路上で磨かれてきたもの。そしてディーンの笑顔を見たら誰だってディーンを好きになったろう。ディーンの知識欲がほんものかどうかはわからない。ただしサルは、根拠なく、ディーンこそほんとうの知性と確信する。「ディーンの知性は、端正で輝いていて、完全で、退屈な知識人っぽさがまったくない。」サルはあきらかになにかを求めていて、そしてディーンはそのサルが求めていたなにかを持っていた。サルは、ディーンのことをもっと知りたい。そしてふたりは広い広い広い気が遠くなるほどだだっ広いアメリカを、ヒッチハイクで、旅をはじめる。