池澤夏樹個人編集による「世界文学全集」(河出書房新社)を読むシリーズの第6回目。今回はイギリス編。
3作品の発表年を記しておいたほうがよいだろう。『ハワーズ・エンド』1910年、『月と六ペンス』1919年、そして一足飛びに『喪失の響き』は2006年だ。
E.M.フォースターによる『ハワーズ・エンド』は、近代イギリス資本主義の最終段階における矛盾を見すえた、イギリス市民小説のひとつの到達点。すべてがカネに還元されてしまう過酷な世界のなかで、〈文化の世界の人間〉と〈実利の世界の人間〉のふたつの価値観がはげしい葛藤を演じてゆく物語だ。テーマは「おカネで買えない大事なものはなんですか?」。そして書評のテーマはもうひとつ「20分で読む、イギリス近代文学史」。
およそ10年後、はやくもイギリスを飛び出して世界を旅するコスモポリタン作家、サマセット・モームは『月と六ペンス』を発表。ゴーギャンの人生に材を得たこの作品は、芸術に取り憑かれて、家庭も社会も捨てた芸術家を描いた物語であり、モームのタヒチにおける諜報活動の副産物でもある。そう、モームはスパイでしたからね。(ちなみにフォースターとはゲイつながり)。そして純文学とエンターテインメントの狭間を軽く飛び越えて、世界中の読者を楽しませてくれたのもモームである。ちなみに当書評は訳文比較付き。
時代は飛んで、いまや世界中で英語作家が誕生し、英米文学から英語文学への流れはすでに大きな潮流となっている。そこでイギリス・ブッカー賞つながりでキラン・デサイ『喪失の響き』。キラン・デサイはデリー生まれのインド人女流作家で、同作品は2006年ブッカー賞受賞作。グローバリゼーション時代の舞台裏は、差別と搾取と恐怖に満ちたこの世の果て…。こんな内容でありながらもユーモアも忘れない、いかにもチャーミングな21世紀の英語小説だ。
レビュワーはおなじみ朱雀正道さん。今回も天下御免のノンストップ原稿だ。